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チャイムが鳴る直前、遥は腕を引っ張られながら無理やり廊下に連れ出された。制服は水でぐっしょり、髪からはまだ滴が落ちている。抵抗しようにも力が入らず、ただ引きずられるように足を運ぶしかなかった。
「ほら、ちゃんと登場させてやんねーとな」
「教室、盛り上がるぞこれ」
ガラリと扉が開き、次の瞬間、ざわめきが一斉に湧き上がった。
「え……なに、あれ?」
「やば……ビショビショじゃん」
「臭っ……トイレの水? マジ?」
遥は視線を床に落とし、濡れた前髪で顔を隠そうとする。だが、周囲の笑い声は容赦なく突き刺さった。
「おーい、今日から“雑巾”って呼んだらいいんじゃね?」
「いや“便器ブラシ”のほうが合ってるだろ」
「シャンプーしてきたんだってよ。新しい香水じゃね? トイレ芳香剤」
教室の空気は瞬く間に冷笑に染まった。誰も助けようとせず、誰も目を逸らさない。ただ興味本位の視線と笑いが浴びせられる。
遥は席に戻ろうとするが、背中を押され、机に突っ伏すように倒された。椅子ががたんと音を立てる。
「うわ、机まで濡れるだろ! 汚ねーんだよ!」
「拭けよ、自分で。雑巾なんだから」
笑いながらティッシュを投げつけられる。床に散らばった白い紙片は、水を吸ってすぐにぐしゃぐしゃに崩れた。
「……ごめ、なさい……」
遥のかすかな声は、またしても笑い声に飲まれるだけだった。
「ほら聞いた? 謝ってるって」
「謝るくらいなら最初から真面目に雑巾やってろよ!」
「次は教室の床磨きしてもらおーぜ。マジで似合うって」
スマホを構える音がまた響く。何人もがレンズを向け、笑いながらシャッターを切った。
「はい、撮ったー。“便器からの帰還”ってタイトルでアップな」
「うける! 絶対バズる!」
遥は髪から落ちる水滴を止めることもできず、ただ机の端にすがりついていた。冷たさと屈辱が骨の奥にまで染みわたり、声を出すことさえできなかった。
――ここにいてはいけない。
でも逃げる場所は、どこにもなかった。