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#角名倫太郎
紫 憂 .
75
翌日は休みだった。
だからといって、特別な予定があるわけじゃない。
昼前に目が覚めて、しばらく天井を見る。
静かだ。
店にいると、静かな時間が欲しくなる。
なのに、休みの日になると、静かすぎるのも落ち着かない。
矛盾しているなと思う。
ベッドの上でスマホを見る。
営業用の通知が並んでいる。
返せるものだけ返す。
返事を考えなくていい相手から。
そうしているうちに、別の通知が目に入る。
昨日の《おつかれ》。
それ以上は来ていない。
当たり前だ。
当たり前なのに、少しだけ画面を見てしまう。
自分から送るほどでもない。
用事もない。
だから閉じる。
それで終わるはずだった。
午後。
買い物に出る。
シャンプーと、なくなりかけていた化粧水。
それだけの予定。
平日の昼は人が少ない。
帽子を深く被って歩く。
仕事の日は人に見られる。
休みの日は、なるべく見られたくない。
信号を待っていると、後ろから声がした。
「珍しい」
振り返る。
思わず固まる。
「……え」
そこにいたのは、店でよく見る顔だった。
スーツじゃない。
店の照明もない。
昼の光の下だと、思ったより若く見える。
向こうも少し驚いていた。
「休み?」
当たり前の質問。
「うん」
ナナは頷く。
少しだけ気まずい。
店で会う人を、店の外で見るのは、どうしても少しだけ変だ。
「買い物?」
「そう」
また短くなる。
沈黙。
でも不思議と苦しくない。
信号が青になる。
二人とも渡る。
途中で自然に並ぶ。
「この辺なんだ」
彼が言う。
「まあ」
詳しくは答えない。
向こうも聞かない。
その距離感に、少しだけ安心する。
コンビニの前まで来て、足が止まる。
「じゃあ」
ナナが言う。
「うん」
それで終わる。
終わるはずだった。
「ナナ」
呼び止められる。
源氏名。
店の外なのに。
でも違和感はない。
むしろ。
ナナは振り返る。
彼は少し考えてから言った。
「休みの日の方が、元気そう」
思わず笑ってしまう。
「それ褒めてます?」
「たぶん」
曖昧な返事。
でも、その顔は少しだけ楽しそうだった。
ナナは小さく笑う。
「じゃあ、また」
「また」
今度こそ別れる。
数歩歩いてから、振り返りそうになる。
やめる。
振り返ったら、何か意味が生まれる気がした。
だから前だけ見る。
買い物袋は軽い。
なのに、胸の奥だけ少し重かった。
理由はまだ考えない。
考えたら、今までと同じ距離ではいられなくなる気がした。
コメント
1件
第35話、読み終えました。静かな土曜日の空気感がとてもよく伝わってくる回でした。店の外で会う「珍しさ」と、それでも自然に並んで歩ける距離感。何より「休みの日の方が元気そう」と言われて思わず笑ってしまうナナの反応が、すごくリアルで好きです。振り返ったら意味が生まれそうで前だけ見る、というラストの抑えた筆致が胸に残りました。