テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
翌日は休みだった。
だからといって、特別な予定があるわけじゃない。
昼前に目が覚めて、しばらく天井を見る。
静かだ。
店にいると、静かな時間が欲しくなる。
なのに、休みの日になると、静かすぎるのも落ち着かない。
矛盾しているなと思う。
ベッドの上でスマホを見る。
営業用の通知が並んでいる。
返せるものだけ返す。
返事を考えなくていい相手から。
そうしているうちに、別の通知が目に入る。
昨日の《おつかれ》。
それ以上は来ていない。
当たり前だ。
当たり前なのに、少しだけ画面を見てしまう。
自分から送るほどでもない。
用事もない。
だから閉じる。
それで終わるはずだった。
午後。
買い物に出る。
シャンプーと、なくなりかけていた化粧水。
それだけの予定。
平日の昼は人が少ない。
帽子を深く被って歩く。
仕事の日は人に見られる。
休みの日は、なるべく見られたくない。
信号を待っていると、後ろから声がした。
「珍しい」
振り返る。
思わず固まる。
「……え」
そこにいたのは、店でよく見る顔だった。
スーツじゃない。
店の照明もない。
昼の光の下だと、思ったより若く見える。
向こうも少し驚いていた。
「休み?」
当たり前の質問。
「うん」
ナナは頷く。
少しだけ気まずい。
店で会う人を、店の外で見るのは、どうしても少しだけ変だ。
「買い物?」
「そう」
また短くなる。
沈黙。
でも不思議と苦しくない。
信号が青になる。
二人とも渡る。
途中で自然に並ぶ。
「この辺なんだ」
彼が言う。
「まあ」
詳しくは答えない。
向こうも聞かない。
その距離感に、少しだけ安心する。
コンビニの前まで来て、足が止まる。
「じゃあ」
ナナが言う。
「うん」
それで終わる。
終わるはずだった。
「ナナ」
呼び止められる。
源氏名。
店の外なのに。
でも違和感はない。
むしろ。
ナナは振り返る。
彼は少し考えてから言った。
「休みの日の方が、元気そう」
思わず笑ってしまう。
「それ褒めてます?」
「たぶん」
曖昧な返事。
でも、その顔は少しだけ楽しそうだった。
ナナは小さく笑う。
「じゃあ、また」
「また」
今度こそ別れる。
数歩歩いてから、振り返りそうになる。
やめる。
振り返ったら、何か意味が生まれる気がした。
だから前だけ見る。
買い物袋は軽い。
なのに、胸の奥だけ少し重かった。
理由はまだ考えない。
考えたら、今までと同じ距離ではいられなくなる気がした。
コメント
1件
第35話、読み終えました。静かな土曜日の空気感がとてもよく伝わってくる回でした。店の外で会う「珍しさ」と、それでも自然に並んで歩ける距離感。何より「休みの日の方が元気そう」と言われて思わず笑ってしまうナナの反応が、すごくリアルで好きです。振り返ったら意味が生まれそうで前だけ見る、というラストの抑えた筆致が胸に残りました。