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“愛せなくてもいい”。
その言葉が、思考の中で反復する。
エリュネ・ノクシアは自室の窓辺に立っていた。
王宮の庭園を見下ろす夜。
空には、あの透明な星。
記録されない光。
国家が定義しない存在。
「恋とは何か」
声に出してみる。
この国では、答えは明確だ。
――胸が熱を帯びる。
――色が発する。
――星が生まれる。
可視化され、測定され、数値化される感情。
それが愛。
それ以外は、未熟か、欠陥。
だが。
彼は言った。
“それでも構わない”と。
求めない、と。
それは、国家の定義に当てはまらない。
では、あれは何か。
彼の金色は、確かに強かった。
だが会議室では抑えられた。
自分を守るためではなく、国を守るために。
「……矛盾」
愛は国力。
だが愛は理性を揺らす。
揺れれば統治は不安定になる。
それでも国は愛を求める。
窓を開ける。
冷たい夜気。
透明な星が、静かに明滅する。
あれは、誰の色でもない。
自分の胸に手を当てる。
鼓動。
平常より、わずかに速い。
彼の言葉を思い出すと、胸が圧迫される。
痛みではない。
だが、無視できない。
「私は、欠陥なのか」
無色。
発色しない体質。
測定不能。
王妃としては不適格。
それがこれまでの結論。
だが、もし。
色が出ないだけで、内部で何かが起きているとしたら。
それは、存在しないことになるのか。
扉が静かに叩かれる。
「入るぞ」
王太子だった。
公的な時間は終わっている。
今はただの夜。
「体調は」
「問題ありません」
短いやりとり。
彼は少し距離を保った位置に立つ。
触れない。
求めないと決めた距離。
「噂は、まだ収まらない」
「はい」
「後悔しているか」
「何をでしょう」
「私を選んだことを」
エリュネは首を横に振る。
「後悔という感情の定義が不明瞭です」
彼が小さく笑う。
「君らしい」
沈黙。
夜風が二人の間を通る。
「私は」
彼が言う。
「君を愛しているのか分からない」
再確認のように。
「だが、君が他の誰かの隣に立つ未来を想像すると」
言葉が止まる。
金色が、わずかに滲む。
「胸が乱れる」
それは国家に測定される感情だ。
だが彼は、それを星に変えようとしない。
ただ、そこにあると認めている。
「私は」
エリュネは言葉を探す。
「殿下を失う未来を想像すると」
初めて、自分からその想像をする。
胸が、締めつけられる。
呼吸が浅くなる。
透明な星が、強く脈打つ。
彼が目を見開く。
「今のは」
「不快ではありません」
即座に否定する。
「恐怖でもありません」
「ならば」
「……分かりません」
それが正直な答え。
国家は、明確なラベルを求める。
愛か、否か。
有か、無か。
だがこれは、そのどちらでもない。
「無色は、欠陥ではない可能性があります」
彼女は言う。
「ただ、国家の定義に適合していないだけで」
彼は静かに聞いている。
「愛とは、発色するものだけを指すのでしょうか」
問い。
「色にならない感情は、存在しないと断じてよいのでしょうか」
透明な星が、ゆっくりと明滅する。
まるで、肯定するように。
彼は一歩近づく。
だが触れない。
「もし、君のそれが愛でなくても」
低い声。
「私は、それを失いたくない」
求めないと言いながら。
確かに求めている。
エリュネの胸が、また震える。
これは何か。
国家が定義していない感情。
名を持たない揺らぎ。
窓の外で、透明な星が静かに増えている。
記録されない光。
色のない感情。
定義は、揺らぎ始めていた。