テラーノベル
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王宮の灯りが落ちた後。
静まり返った回廊に、足音がひとつ響く。
エリュネ・ノクシアは呼び出されていた。
観測塔ではない。
公的な執務室でもない。
王太子の私室。
それだけで、意味は分かる。
扉を叩く。
「入れ」
短い声。
中は薄暗い。
机の上に書類が積まれているが、ほとんど手がつけられていない。
「王族会議の結果は、まだ保留だ」
彼は背を向けたまま言う。
「だが、排除論は強まっている」
「承知しています」
エリュネは動揺しない。
その様子に、彼は苦く笑う。
「君は、本当に変わらないな」
「変化の必要があれば指示を」
「そういうことじゃない」
振り返る。
金色が、今夜は隠されていない。
整えていない色。
「……私は、会議で沈黙した」
「はい」
「失望したか」
「合理的判断です」
予想通りの答え。
だが彼は、そこを求めていない。
「私は王になる」
静かな声。
「国を守る義務がある」
「はい」
「だが」
一歩近づく。
「君を切り捨てる選択を、私はしたくない」
率直な本音。
エリュネは彼を見上げる。
金色が揺れている。
強く、濃く、隠しきれないほどに。
「殿下は、私を愛しているのですか」
再びの問い。
今度は逃げない。
彼は息を吸う。
「分からない」
正直な言葉。
「だが、君がいなくなる未来を想像すると」
声がわずかに掠れる。
「耐えがたい」
それは欲求だ。
国家でも、義務でもない。
「君が愛せなくてもいい」
彼は続ける。
「色を持たなくてもいい」
距離が、もう一歩縮まる。
「私は、それでも構わない」
それは告白ではない。
求めない宣言。
契約の更新。
「私は王として、君を必要とする」
そして。
「一人の人間としても」
静かな言葉。
エリュネの胸に、微細な振動が走る。
初めて、はっきりと自覚できるほどの違和感。
「……それは、非合理です」
声がわずかに遅れる。
「知っている」
彼は苦笑する。
「君に何も返ってこない可能性が高い」
「はい」
「それでも、私は君を選ぶ」
断言。
金色が大きく揺れる。
抑えきれない感情。
エリュネは目を逸らせない。
胸の奥が、かすかに痛む。
痛みというより、圧迫。
呼吸が、ほんの少し浅くなる。
空のどこかで。
透明な星が、静かに強まる。
「私は」
言葉が、うまく出ない。
いつもなら即答できる。
“選び続けます”と。
だが今夜は、わずかに時間が必要だった。
「私は、殿下を愛せません」
確認。
それでも彼は頷く。
「構わない」
「色も出ません」
「それでいい」
「国益に反する可能性があります」
「私が背負う」
迷いのない返答。
エリュネの胸の振動が、少し強くなる。
これは何か。
恐怖ではない。
義務でもない。
彼が、求めないと言ったから。
それでも、選ぶと言ったから。
理解不能な、圧力。
「……殿下」
「何だ」
「私は、選び続けます」
いつもの言葉。
だが今夜は、確かに揺れている。
透明な星が、強く明滅した。
彼はそれに気づき、目を細める。
「やはり、君は揺れている」
「自覚はありません」
「ある」
静かな確信。
「今、確かに」
彼はそれ以上踏み込まない。
触れない距離を守る。
求めないと決めたから。
「今日はもう戻れ」
声は柔らかい。
「明日も戦いだ」
「はい」
扉へ向かう。
手をかけたとき。
「エリュネ」
振り返る。
「……ありがとう」
何に対しての礼か。
彼女には分からない。
だが胸の奥が、またわずかに震えた。
夜空では。
観測されない星が、静かに輝いている。
色はない。
それでも、確実に。
彼の想いに、応答していた。
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