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沙希が初めて凪の部屋に来てから、数日後のことだった。
その日は土曜日で、凪は朝から部屋の掃除をしていた。
特別きれい好きというわけではないが、人が来る日は自然と手が動く。
床に落ちていた蒼のTシャツを拾い、洗濯機に入れる。
テーブルの上に散らばっていたレシートをまとめて捨てる。
蒼は昼過ぎに来ると言っていた。
それだけの予定だった。
だから、玄関のチャイムが鳴ったとき、凪は少し驚いた。
時計を見る。
まだ十一時。
蒼にしては早い。
ドアを開けると、立っていたのは蒼ではなかった。
沙希だった。
「あ」
沙希は少し照れたように笑った。
「急に来ちゃった」
凪は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにドアを開けた。
「どうぞ」
「いいの?」
「うん」
沙希は靴を脱いで部屋に入る。
「蒼は?」
「まだ来てない」
「そっか」
沙希は部屋の中を見回した。
前に来たときより少し整っている。
「なんか、ちゃんとしてるね」
凪は苦笑した。
「一応」
沙希はソファに座る。
凪は台所へ行って、冷蔵庫を開けた。
「お茶?」
「うん」
お湯を沸かす。
その背中を見ながら、沙希は少し黙っていた。
それから、ふと思い出したように言った。
「ねえ」
「ん?」
「蒼が言ってたこと」
凪は振り向かない。
「犬ってやつ?」
凪は少し笑った。
「気にしてるの?」
沙希は首を振る。
「ううん」
少し間を置く。
「ちょっと気になっただけ」
凪はコップにお茶を注いでテーブルに置く。
沙希はそれを受け取った。
そして、しばらく凪を見ていた。
「ねえ凪くん」
「うん」
「お願い聞いてくれる?」
凪は少し首を傾けた。
「内容による」
沙希は笑った。
「そうだよね」
でも、その笑い方は、少し試すような感じだった。
「じゃあさ」
沙希はテーブルの上にあったリモコンを指差す。
「それ取って」
凪は一瞬だけ沈黙した。
リモコンは沙希の手のすぐ横にある。
手を伸ばせば届く距離。
凪はそれを見て、それから沙希を見る。
沙希は笑っている。
軽い冗談みたいな顔。
凪は何も言わずに手を伸ばし、リモコンを取った。
そして沙希に渡す。
沙希は受け取った。
少しだけ目を丸くした。
「……ほんとにやるんだ」
凪は肩をすくめた。
「別に大したことじゃないし」
沙希はしばらく黙っていた。
そのとき、玄関の鍵が回る音がした。
蒼だ。
ドアが開く。
「おー」
蒼は部屋に入って、二人を見る。
「もう来てたの」
沙希は振り向く。
「うん」
蒼はソファに座る。
「何してた?」
沙希は少しだけ笑って言った。
「犬のテスト」
蒼は興味なさそうに「ふーん」と言った。
それから凪を見る。
「で?」
凪は普通の顔で答える。
「リモコン取った」
蒼は一瞬だけ吹き出した。
「それだけ?」
沙希は蒼の反応を見て、少し不思議そうな顔をした。
「ねえ蒼」
「ん」
「凪くんってさ」
少し考える。
「どこまで言うこと聞くの?」
蒼はソファにもたれて、凪を見る。
その目は、少しだけ面白そうだった。
「さあ」
それから言う。
「たぶん、だいたい」
沙希は凪を見る。
凪は特に困った顔をしていない。
普通の顔で台所に戻っている。
その背中を見ながら、沙希は小さく笑った。
「ねえ凪くん」
凪は振り向く。
「なに?」
沙希は少しだけ首を傾ける。
「私のことも手伝ってくれる?」
凪は少し考えた。
でも、すぐに言った。
「いいよ」
その答えを聞いて、蒼は小さく笑った。
沙希はそれを見て、なぜか少しだけぞくっとした。
この部屋の関係は
たぶん普通じゃない。
でも
だからこそ、少しだけ面白いと思った。