テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
真相は、派手なものではなかった。
だが、だからこそ逃げ場がなかった。
玲が、机の上に資料を並べ直す。
男の供述。警察の聴取記録。被害者側の証言。
それから――提出されていた「参考資料」。
「これです」
玲は一枚のコピーを指で叩いた。
自治体が配布していた、被害防止のための啓発パンフレット。
数年前、問題になった事例をもとに作られたものだ。
「この文章」
玲は淡々と言う。
「依頼人の動機説明と、構造がほぼ一致しています」
燈が眉を寄せた。
「一致ってレベルじゃねえな。ほぼ書き写しじゃん」
「はい」
玲は頷いた。
「罪の重さ、加害者の心理、反省の言葉。すべて“模範解答”です」
真琴は、ゆっくりと理解した。
「……彼は」
言葉を選ぶ。
「自分の中の動機を話したんじゃない。“説明として正しい形”を選んだ」
澪は黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「被害者は、被害届を出していない。でも、確かに傷ついている」
視線を上げる。
「依頼人は、それを“自分のせいだ”と理解した。でも、どう反省すればいいか分からなかった」
「だから」
玲が続ける。
「社会が用意した“反省の型”を借りた」
沈黙が落ちた。
燈が、低く息を吐く。
「じゃあ結局……こいつは、犯人ではある。でも、語ってた動機は嘘」
「正確には」
玲は訂正する。
「嘘ではない。“借り物”です」
真琴は目を閉じた。
真相はこうだ。
依頼人は、確かに加害行為を行った。
だがその動機は、語られたような強い衝動でも、明確な悪意でもなかった。
軽率さ。距離感の誤り。自覚のない優越。
どれも、言葉にしにくく、裁判向きではない。
彼は、自分が「どの程度の人間なのか」を測るために、
社会が定めた“分かりやすい悪”を自分に当てはめた。
それによって、初めて安心できた。
「……別の事件が成立するな」
燈がぽつりと言った。
「“説明を与えられた人間が、その通りの犯人になる事件” 」
澪は、静かに頷いた。
「でも、それを公表したら」
声は低い。
「被害者は、もう一度説明される側になる」
真琴は、はっきりと決断した。
「この件は、ここまで」
全員が彼女を見る。
「真相は共有する。でも、外には出さない」
真琴は続ける。
「依頼人には、“あなたが語った説明は真実ではない”とだけ伝える。それ以上は踏み込まない」
「逃がすのか?」
燈が聞く。
「違う」
真琴は首を振った。
「これ以上、壊さない選択」
玲も異論はなかった。
「法的には、何も変わりません。社会的にも」
澪は、最後まで黙っていた。
その判断が、正しいのかどうか。
それは誰にも分からない。
ただ、これだけは確かだった。
この真相は、
暴けば解決するものではない。
後日、依頼人には簡潔な報告がなされた。
事件は表向き、完了。
事務室では、伊藤がいつも通り資料を整理していた。
「お疲れさま」
伊藤は、穏やかに言う。
「難しい案件だったな」
真琴は微笑み、礼を返す。
澪だけが、書類の束を見つめていた。
そこには、説明が与えられる前の空白がある。
その空白を、誰が埋めたのか。
澪は、もう分かっていた。
だが――
この選択をしたのは、自分たちだ。
探偵社は、壊れなかった。
事件は、解決したことになっている。
それが、彼らの選んだ答えだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!