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翌日。
学院の中庭は、いつもよりざわついていた。
「聞いたか?」
「治癒科のリリアがさ」
「昨日、紋章の光が急に弱くなったらしい」
レオンは足を止める。
リリア。
昨日、裏路地で助けた少女。
「暴漢に絡まれたんだって」
「祝福が不安定になって、治癒術が半減したらしい」
「そんなことある?」
祝福は、神の加護。基本的に劣化しない。
それが、この世界の前提。
レオンの胸がざわつく。
中庭の奥。
ベンチに座る少女の姿が見える。
リリア。
顔色が悪い。
紋章の光が、確かに弱い。
昨日は淡くとも安定していたはずだ。
今は、揺らいでいる。
まるで灯火の終わりのように。
レオンは近づく。
「……大丈夫か」
リリアは顔を上げる。
驚きと、迷い。
「あなた……昨日の」
「ああ」
短く答える。
彼女は一瞬ためらい、視線を落とした。
「祝福が……弱くなってるの」
指先で紋章に触れる。
光が、ほとんど反応しない。
「治癒術も、以前の半分も出ない」
声が震える。
「神殿で診てもらったけど……原因不明だって」
原因不明。
レオンの喉が乾く。
昨日、触れた瞬間。
何かが流れ込んだ感覚。
あの熱。
あの軽さ。
「……俺のせいかもしれない」
気づけば、口に出していた。
リリアが目を見開く。
「え?」
「昨日、お前の祝福に触れたとき……何かが、流れた」
言葉を選ぶ余裕はない。
「俺は無祝福のはずだ。でも」
拳を握る。
「力が出た」
リリアは黙って聞いている。
「その代わりに……お前の光が、弱くなった」
沈黙。
否定してほしい。
偶然だと笑ってほしい。
だが。
「……私も、感じた」
小さな声。
「触れられた瞬間、引っ張られるみたいな……冷たい感覚」
レオンの心臓が強く打つ。
「でも、助けてもらったのは事実だから」
彼女は無理に笑う。
「責めるつもりはない」
その言葉が、いちばん重い。
責めない。
だからこそ、逃げられない。
「……神殿は、祝福の再測定をするって」
「再測定?」
「祝福が削れるなんて、前例がないから」
削れる。
その言葉が、胸に刺さる。
レオンは自分の内側を探る。
昨日の力はもうない。
だが、どこかに残滓がある。
まるで、
他人の灯火の残り火を抱えているような。
リリアが立ち上がる。
ふらつく。
咄嗟に支える。
触れた瞬間。
胸の奥が、また微かに脈打つ。
――やめろ。
直感が叫ぶ。
手を離す。
鼓動は止まる。
リリアは気づいていない。
だがレオンは確信する。
これは偶然じゃない。
俺は、
祝福を――
削っている。
中庭の向こうで、誰かが言う。
「無祝福と接触した直後らしいぜ」
「え、あの双子の?」
「剣聖候補の弟の」
視線が刺さる。
まだ確信ではない。
だが、噂は芽を出している。
レオンは理解する。
この力は祝福じゃない。
加護でもない。
これは――
奪うための機構だ。
助けるために使えば、誰かの未来を削る。
使わなければ、目の前の誰かを救えない。
どちらを選んでも、何かが欠ける。
無祝福。
違う。
空白ではない。
俺は、
他人の祝福に触れたときだけ、存在できる。
その事実が、吐き気のように込み上げた。
リリアが去ったあと、レオンは一人、空を見上げる。
神は祝福を与える。
だが。
もし、奪う役目があるとしたら?
それは、誰のためだ。
胸の奥で、熱がくすぶる。
光ではない。
影のような、熱。
そして初めて、はっきりと恐怖が芽生える。
俺は、何なんだ。