テラーノベル
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朝。
校門をくぐる前から、もう分かっている。
今日も同じだ。
変わるはずがない。
変わる理由もない。
靴箱の前に立った瞬間、
ざわつきが一段落ちる。
止まるわけじゃない。
ただ、音量が下がる。
聞こえないふりがしやすい程度に。
遥は何も見ないまま、靴を履き替える。
上履きの中に、砂が入っている。
昨日も入っていた。
今日も入っている。
取り出す。
捨てる。
何も言わない。
それを見ている視線があるのも、分かっている。
笑い声。
小さく。
でも、わざと聞こえる位置で。
廊下を歩く。
肩が当たる。
避けない方が悪いみたいな当たり方。
「邪魔」
誰かが言う。
振り向かない。
振り向いたら、目が合う。
目が合うと、何かが始まる。
教室の前。
扉を開ける前から、
中の空気が違うのが分かる。
入る。
一瞬だけ、静かになる。
そのあと、何事もなかったように会話が再開される。
でも、席は違う。
机が、少しずれている。
椅子がない。
遥は何も言わず、
教室の後ろから椅子を持ってくる。
それを見て、誰かが笑う。
「自分で用意すんの、慣れてるよな」
返事はしない。
座る。
机の中に手を入れる。
何も入っていない。
教科書も、ノートも、全部ない。
昨日は入れて帰ったはずだ。
周囲を見ない。
見ても戻らない。
黒板を見る。
授業が始まる。
教師は何も言わない。
「教科書、出せ」
全員が出す。
遥だけ、出さない。
教師の視線が一瞬だけ止まる。
それだけ。
「……持ってないなら、後ろ見ろ」
黒板を指す。
それで終わり。
隣の席のやつが、わざと机を揺らす。
ペンが落ちる。
拾う。
拾った瞬間、
足で踏まれる。
「わり」
全然悪くない声。
ペン先が潰れる。
遥はそのまま、潰れたペンを持ち直す。
書けるかどうか試す。
書けない。
でも、持ったままにする。
捨てると、また何か言われる。
持っていても、言われる。
なら、同じだ。
二時間目。
三時間目。
休み時間。
机の上に、紙が置かれる。
「ここに座んな」
「消えろ」
「まだいんの?」
落書きじゃない。
ただの紙。
雑な字。
破る。
丸める。
捨てる。
それを見て、また笑う。
誰かが言う。
「まだ通ってくんのな」
別の声。
「意味あんの?」
「いなくてよくね」
「つーか、邪魔」
遥は何も言わない。
昼休み。
購買に行かない。
行くと、何かが起きる。
だから、水だけ飲む。
席に戻る。
弁当箱は、朝から持ってきていない。
持ってきても、無くなる。
蓋だけ戻ってくることもある。
中身が床に落ちていることもある。
だから最初から持ってこない。
空腹は慣れている。
慣れている、と思い込む。
背中に何か当たる。
振り向かない。
消しゴムのカス。
紙。
時々、小さい物。
痛くはない。
ただ、
存在を確認されている感じだけが残る。
「なあ」
後ろから声。
振り向かない。
「なあって」
肩を叩かれる。
ゆっくり振り向く。
目が合う。
笑っている。
「まだいんの?」
遥は答えない。
答える言葉がない。
「いなくていいのに」
軽い声。
本気じゃないみたいな口調。
でも、
毎日言われると、
冗談かどうかは関係なくなる。
「空気読めよ」
別のやつが言う。
「もう分かるだろ」
「さすがにさ」
笑い。
軽い。
重くない。
だから余計に逃げ場がない。
――排除。
明確な暴力じゃない。
でも、完全に対象になっている。
授業が終わる。
帰りの準備。
鞄がない。
机の横に掛けていたはずの鞄が、ない。
教室を見回さない。
見回しても、戻らない。
ゴミ箱の横にある。
中身が全部出されている。
ノートが踏まれている。
プリントが破れている。
拾う。
集める。
何も言わない。
言ったところで、
何も変わらない。
背後から声。
「まだ帰るとこあんの?」
笑い。
誰かが小さく言う。
「いなくなればいいのに」
その言葉は、
特別強いわけじゃない。
でも、
今日、何度目か分からない。
遥は鞄を持つ。
中身を押し込む。
立ち上がる。
教室を出る。
廊下を歩く。
誰も止めない。
誰も呼ばない。
いないものとして扱われるのと、
いること自体を邪魔だと言われるのと、
どっちが楽か分からない。
階段を降りる。
窓の外を見る。
高さがある。
ほんの一瞬、
足が止まる。
でも、歩く。
止まらない。
止まると、
本当に止まってしまう気がするから。
学校は終わらない。
家も終わらない。
逃げ場はない。
ただ一つ分かるのは――
ここにいてほしくないと、
全方向から言われ続けていることだけだった。
それでも、
帰るしかない。
帰る場所が地獄でも。
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