テラーノベル
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「外に出たいです」
その一言で、空気が止まった。
王太子は書類から顔を上げる。
数秒、沈黙。
「……どこに」
低い声だった。
エリュネは少しだけ考える。
「市街に」
「却下だ」
即答だった。
間すらない。
エリュネは少しだけ目を細める。
「まだ何も言っていません」
「言う前から分かる」
王太子は立ち上がる。
「一人で行くつもりだろう」
エリュネは黙る。
その沈黙で十分だった。
「許可しない」
「では」
エリュネは静かに言う。
「一人でなければ?」
王太子の動きが止まる。
「……どういう意味だ」
「同行していただけるなら」
一瞬。
完全に沈黙した。
侍従たちが気配を消す。
王太子はゆっくり言う。
「私が」
「はい」
エリュネは淡々と頷く。
「そういうことです」
王太子は視線を逸らした。
考えている。
だが、答えは早かった。
「準備しろ」
エリュネが瞬きをする。
「却下では?」
「却下しない」
彼は言う。
「私が行くなら問題ない」
理屈が変わっている。
エリュネは小さく息をつく。
「……強引ですね」
「今さらだ」
数時間後。
王都の市街。
普段より人通りの少ない通りを選んでいた。
護衛はいるが、距離を取っている。
王太子は周囲を警戒していた。
エリュネはそれを横目で見る。
「落ち着きませんか」
「当然だ」
即答。
「外だぞ」
「知っています」
王太子は人の流れを見ている。
視線が絶えず動く。
「近い」
彼が言う。
「何がです」
「距離が」
そう言って、エリュネの手首を軽く引く。
自然な動きだった。
人の流れから外すように。
「ここにいろ」
エリュネは少しだけ驚く。
だが、手は離されない。
「……人が見ています」
「見せているわけではない」
王太子は平然としている。
「守っているだけだ」
言い切る。
エリュネは少しだけ笑う。
「便利な言い方ですね」
「事実だ」
そのまま歩く。
手は繋がれたまま。
強くはない。
だが、逃げる余地はない。
通りには小さな店が並んでいる。
菓子店の前で、エリュネが足を止めた。
「どうした」
「甘いものが」
珍しく、少しだけ迷う声だった。
王太子は店を見る。
「入る」
それも即断。
店の中は静かだった。
店主が慌てて頭を下げる。
王太子は短く告げる。
「普通にしていろ」
それだけで空気が整う。
エリュネは並べられた菓子を見る。
色とりどりの砂糖菓子。
「どれにする」
王太子が聞く。
「迷いますね」
「全部でいい」
「それは多いです」
「問題ない」
エリュネは小さく笑う。
「一つでいいです」
指さす。
控えめな菓子。
王太子はそれを見て、少しだけ眉を寄せる。
「それだけでいいのか」
「はい」
「他は」
「今はこれで十分です」
王太子は少しだけ考える。
そして店主に言う。
「それと」
別の菓子をいくつか指す。
エリュネが見る。
「……増えてます」
「後で食べればいい」
当然のように言う。
店を出る。
外の光が少し眩しい。
エリュネは受け取った菓子を見る。
「多いですね」
「足りないよりいい」
王太子は言う。
「選ばせるのは嫌いだ」
「なぜです」
「迷うだろう」
エリュネは少しだけ目を細める。
「優しいんですか」
「違う」
即答。
「全部与えれば済む」
少し危うい理屈だった。
エリュネは笑う。
歩き出す。
人通りは少し増えていた。
王太子の手はまだ離れない。
むしろ、少しだけ強くなる。
「……離しませんね」
「離す理由がない」
当然のように言う。
「外だぞ」
同じ言葉。
だが、さっきより少し柔らかい。
エリュネは小さく息をつく。
そして、そのまま歩幅を合わせる。
「では」
彼女が言う。
「今日はずっとですか」
王太子は一瞬だけ考える。
そして答える。
「そうだな」
少しだけ間。
「帰るまで」
エリュネは何も言わない。
ただ、ほんの少しだけ。
握られた手を、逃がさなかった。
王都の空は明るい。
星は見えない。
それでも。
二人の距離は、夜よりも近かった。
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向日葵@一次創作家