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麗太
海の紅月くらげさん
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王宮の庭園は、夜になると静けさが深くなる。
昼間は貴族や侍女が歩き、噴水の水音と人の声が混ざる場所だが、夜にはほとんど誰も来ない。
灯りは少なく、木々の影が地面に長く伸びている。
遠くに王宮の塔が見え、その上には観測塔の灯りが小さく揺れていた。
エリュネは庭園の石の道をゆっくり歩いていた。
夜風が静かに木の葉を揺らす。
空には多くの星が浮かんでいる。
色のある星と、色のない星。
無色星はもう珍しいものではなくなっていた。
王宮の空でも、王都の空でも、誰もがその存在を知っている。
彼女は噴水のそばで足を止めた。
水面に星の光が揺れている。
「ここにいたのか」
後ろから声がした。
振り返ると、王太子が立っている。
外套を羽織っていたが、歩いてきたのだろう、肩に夜の湿った空気が残っていた。
「観測塔ではないんですね」
エリュネが言う。
王太子は肩をすくめた。
「今日は学者たちに任せた」
彼は空を見上げる。
「どうせ結論は同じだ」
「結論?」
「星は増えている」
それだけだ、と彼は言う。
エリュネも空を見た。
確かに星は多い。
昔の記録と比べても明らかに増えているという話を、彼女も聞いていた。
だがその光は、以前より穏やかに感じられた。
「今日、学術院から報告が来た」
王太子が言う。
「世界中で同じ現象が起きている」
「他国でも?」
「北方でも、東方でも」
王太子は噴水の縁に腰を下ろす。
「つまりこの国だけの問題ではない」
彼は水面を見ながら続ける。
「世界全体の現象だ」
エリュネは静かにその隣に立った。
しばらく二人とも何も言わない。
噴水の水音だけが夜の空気に溶けている。
やがてエリュネが言った。
「それなら」
王太子が顔を上げる。
「王妃制度も関係ないですね」
その言葉は淡々としていた。
王太子は少し笑う。
「そうだな」
彼は空を見上げた。
「王妃だけが星を生む。
そういう話だった」
エリュネは言う。
「でも違った」
王太子は頷く。
「人間なら誰でも生む」
沈黙が落ちる。
その言葉は簡単だが、意味は大きかった。
何百年も続いてきた制度の前提が、静かに崩れている。
エリュネは水面を見た。
星の光がゆらゆら揺れている。
「少し安心しました」
彼女が言う。
「何が」
「私のせいではなかった」
王太子は小さく息を吐いた。
「最初からそう言っていた」
「でも皆さん疑っていました」
エリュネは言う。
「殿下も」
王太子は少し考えた。
「疑ったわけではない」
「では?」
「可能性は考えた」
彼は正直に言った。
「王妃の出現と同時期だったからな」
エリュネは頷いた。
「自然です」
王太子は彼女を見た。
「怒らないのか」
「なぜ」
「疑われた」
エリュネは少し考えた。
「人は分からないものを怖がります」
彼女は静かに言う。
「だから理由を探す」
王太子は笑った。
「それは俺も言ったな」
エリュネも少し笑う。
そのとき、庭園の木々の間から小さな光が見えた。
新しい星だった。
王太子が目を細める。
「また増えたな」
エリュネは空を見上げた。
その星は無色だった。
色のない光が静かに瞬いている。
王太子はしばらくそれを見ていた。
「学術院の理論では」
彼は言う。
「星は関係の持続で生まれる」
「はい」
「恋だけではない」
「そうですね」
王太子は少し考えてから言った。
「ならあの星は誰のだ」
エリュネは空を見たまま答えた。
「誰かの関係です」
「曖昧だな」
「でも本当です」
彼女は言う。
「恋かもしれない。
友情かもしれない。
家族かもしれない」
少し間を置く。
「でも確かなのは」
彼女は続けた。
「人間のものです」
王太子はその言葉を聞いて、もう一度空を見上げた。
色のある星。
色のない星。
それらが混ざって夜空に浮かんでいる。
昔は王妃の象徴と呼ばれた光。
だが今は違う。
それは、人と人のあいだに生まれる光だった。
観測塔では、その夜の記録が更新されていた。
星の数はさらに増えている。
報告書の欄には新しい分類が追加されていた。
恋人。
友人。
家族。
そしてもう一つ。
分類不能。
観測官はその文字を書きながら、小さく笑った。
人間の関係は簡単には分けられない。
星も同じなのだろうと彼は思った。
その夜、王宮の庭園の上空にもまた一つ無色星が現れた。
エリュネと王太子はそれに気づかなかった。
二人はただ空を見上げていた。
星は静かに光り続けている。
それが人と人の関係から生まれる光なのだと、
その夜、世界の多くの人が理解していた。