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麗太
海の紅月くらげさん
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王宮の夜は静かだった。
昼間の議論や報告が嘘のように、城の回廊には足音も少ない。
壁にかけられた灯火だけが揺れ、石床に長い影を落としている。
観測塔だけが、まだ明るかった。
塔の最上階では、数人の観測官が空を見上げていた。
大きな望遠鏡が夜空へ向けられ、記録机には紙束が広げられている。
羽ペンの音がときどき静寂を破る。
「三十四区画、更新」
一人が言った。
別の観測官が紙をめくる。
「記録……済み」
窓の外では星が瞬いている。
色のある星と、色のない星。
ここ数年で増え続けた光だった。
観測官の一人が小さく笑う。
「本当に増えたな」
「世界中でだ」
別の男が言う。
「学術院の理論が正しいなら当然だ」
「関係の持続、だったか」
「人が関係を持つ限り星は生まれる」
誰かが空を見上げた。
「なら減る理由はない」
そのときだった。
「……待て」
望遠鏡を覗いていた観測官が言った。
声が低い。
「どうした」
返事はすぐにはなかった。
男は望遠鏡を覗いたまま動かない。
「二区画の青星が……」
彼はゆっくり言った。
「暗い」
「雲か」
「いや」
観測官は首を振る。
「消えた」
室内が静かになる。
「消えた?」
「記録では三分前まで確認されている」
別の観測官が窓へ歩いた。
空を見上げる。
「……本当だ」
その星があった位置は、黒い空だけだった。
「記録ミスじゃないのか」
「違う」
机の紙を指さす。
「ここだ」
確かに印がある。
青星。
恋人関係の分類。
観測官たちはもう一度空を見る。
星は無数にある。
だが――
「……おい」
別の声がした。
「今度は赤星だ」
「どこだ」
「西区画」
望遠鏡が回される。
数秒の沈黙。
「……消えた」
誰も動かなかった。
「偶然か」
誰かが言う。
だがその声は弱かった。
そのとき、また別の観測官が窓へ走った。
「東区画もだ」
「何?」
「黄色星が」
彼は空を指さす。
「さっきまであった」
夜空には無数の光がある。
それでも、そこにあった場所だけが不自然に暗い。
「……あり得ない」
観測官の一人が呟く。
星は消えない。
少なくとも、これまでの記録では。
「観測を続けろ」
責任者が言った。
声は落ち着いていたが、顔は青い。
「全区画確認」
「記録更新」
観測官たちは動き出す。
望遠鏡が次々と回される。
紙がめくられる。
羽ペンが走る。
だが数分後。
記録係の手が止まった。
「……報告」
声が震えている。
「七つ消失」
部屋の空気が重くなる。
「まだ増えている」
別の観測官が言う。
「九」
「十二」
「十七」
窓の外で星が消えていく。
音はない。
爆発もない。
ただ、光が静かに消える。
まるで最初からなかったかのように。
観測塔の鐘が鳴った。
緊急連絡だった。
その音は王宮の夜を切り裂いた。
庭園で空を見ていたエリュネも、その音に顔を上げる。
「観測塔?」
王太子も空を見た。
そのとき。
一つの星が消えた。
ほんの一瞬だった。
エリュネは目を細める。
「今」
王太子も同じ場所を見ている。
「……見たか」
エリュネはゆっくり頷いた。
夜空はまだ星で満ちている。
だが。
さっきまで確かにあった光が、そこにはなかった。
遠くで鐘が鳴り続けている。
観測塔からの緊急信号だった。
その夜。
世界中の観測塔で、同じ記録が始まっていた。
星が消えている。
一つずつ。
静かに。
そして誰もまだ知らなかった。
これは偶然ではない。
星の時代が、終わり始めていることを。