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しかし、ジョパンニの楽観的な予想は外れた。
村の中央、――井戸のある広場にたどり着いても、観客になってくれそうな村人は誰一人として現れなかった。
「やっぱり、この村おかしいな」
「確かに」
太い腕を組みながら首を傾げるグレコーにザブが頷く。
「誰も姿を見せないというか――、引き籠っているというか……」
「ビビってやがるンだよ」
舌打ちし、苛立たしげにアブンが言った。
「お前ら二人、顔もガラも悪すぎだ」
「何だと!! アブン、人のことが言える面だと思ってんのか!?」
「やかましいんだよ、この肉達磨が!!」
早速、小突き合いの喧嘩を始めた二人に白い目を送りながら、リリスはジョパンニに尋ねていた。
「おやっさん、これからどうするの? もう一度、村を回ってみる?」
「う、うーむ」
さすがに困った表情を浮かべ、顎に手を当てて考え込むジョパンニ。
と――、
「おい、いたぞッ……!!」
突然、警戒を孕んだ低い怒声が聞こえた。
ドキッとしてリリスが振り返ると、広場の入り口に大勢の村人がつめかけていた。
その数は三十人ほど。全員、男だ。
その手には鍬や鎌、鋤などが握りしめられており、しかも、異様な殺気に眼をギラギラさせている。
「な、何? この人達……」
その眼差しに射ぬかれ、リリスは後退りしていた。
ジョパンニ達、一座の男達も何事かと目を白黒させている。
と、
「あっ、お前だなッ!!」
村人の一人がリリスの顔を指差し、声を荒らげた。
「この悪魔ッ!! よくも俺の息子をかどわかそうとしやがったなッ!!」
「あ、あたしが……、何?」
「ちょっと待ちなさい。リリス」
男の剣幕にたじろぐリリスを庇うようにして、ジョパンニが前に進み出る。
人の良さそうな笑顔を作りながら言った。
「みなさん、何か誤解があるようですな。我々は、ただの旅芸人でして、この子はうちの看板娘でして……」
「おい、動くんじゃねえ!!」
その顔に突き付けられる、鍬の切っ先。
「呪いをかけようたって、そうはいかねぇからな!!」
「の、呪い? 一体、何のお話です?」
目を丸くするジョパンニには構わず、ジリジリと一座との間合いをつめて来る村人達。
「こいつら、やっぱり占い師――、あのババァの使い魔か」
「ああ、間違いねえ。森の方から来たんだ」
「小娘のスカートめくって調べてみろ。正体が小鬼なら、尻尾が生えているはずだ」
し、尻尾!?
「いい加減にしなよ」
あまりの言い草にリリスは、顔を真っ赤に染めていた。
「黙って聞いてりゃ、なんなのさ!? さっきから訳の分かんないことばっかり」
言ってくれちゃって、と鼻息を荒らげかけた時だった。
「きゃっ……!!」
ゴツンッと鈍い音がして、額に衝撃。
悲鳴を上げる間もなかった。
思わず当てた掌にヌルッとした感触がこびりついた。
誰かに石を投げつけられたらしい。
「リ、リリス!!」
まるで自分が怪我をしたかのように、アブンが悲痛な声をあげる。
「お前、血が出てるじゃねえか!! 大丈夫かよ!?」
大丈夫、とリリスは答えたかった。
しかし、口から漏れ出たのは苦痛のうめき声だけだった。
「……上等だ、てめぇら」
猛獣のような唸り声を発しながら、アブンは村人達を睥睨する。
その片手には、槍がしっかりと握りしめられている。
「こうなったからにゃ腕の一本や二本は覚悟しろよ?」
「手伝うぜ、アブン」
ボキボキと拳を鳴らしながら、その隣に立ったのはグレコーだった。
「大切な妹分を傷つけられたんだ。黙っていられるかよ」
「ま、しょーがないデスね」
渋々と言った表情でザブも身構える。
「こ、こいつら!! とうとう、本性を現しやがったな!!」
怯んだ様子を見せながらも、村人達は避けようとしなかった。
「かまわねぇ!! このままふん縛って、どこかの木に吊るしちまえ!!」
「馬鹿、その前に拷問だ!! 子ども達の隠し場所をはかせるんだよ!!」
「そうだ!! うちの娘を返せ!!」
ま、まずいよ……!!
傷口を押さえたまま、リリスは思った。
ジョパンニが間に入って止めようとしているが、アブン達も村人達も、すっかり冷静さを失ってしまっている。
このままじゃ、死人が出ちゃうかも知れない……。
と、その時だった。
「――おやめなさい!!」
女性の声が広場に響いた。
凛として、威厳すら感じさせるその声に人々の動きがピタ、と止まる。
見ると、いつの間にか広場には、黒い馬車が止まっていた。
馬車と言っても、一座が所有する粗末な幌馬車ではない。貴族が乗るような、豪華な黒塗りの二頭立てだ。
恭しい態度の御者が開いた扉から、声の主と思しき女性が姿を現す。
年の頃は三十代半ばと言ったところか。
飛びぬけて美しい顔立ちの持ち主ではなかったが、今、リリス達を取り囲んでいる村人達には全く感じられない、気品のようなものが感じられた。
ほっそりとした身体を包むのは、清楚な、落ち着いた雰囲気の白いドレス。
その胸元には、高価そうな宝石がブローチとして縫い止められていた。
「……これは一体、何の騒ぎですか?」
村人達を振り仰ぎながら、女性は静かな声で言った。
「こんな大勢で人様を取り囲むなんて。穏やかな話ではありませんよ?」
「い、いえ、奥様。これには理由がありまして」
悪さを見咎められた子どものように恐縮する村人達。
「こいつら無断で村に入り込んで来やがったもんで。それで、つい……」
奥様、と呼ばれた女性は、ジッとその村人を見つめていた。
その眼差しは責めるようなものではなく――、酷く哀しげだった。
「す、すいません。こんな騒ぎを起こすつもりじゃ……」
「あなた方の不安や苛立ちは、痛いほどよく分かります」
小さく溜め息をつき、しどろもどろになった村人に女性は言葉を続ける。
「だけど――、だからと言って、確たる証左もなく、人様を悪人呼ばわりしてはいけません。傷つけるようなことも、勿論」
物静かだが、グゥの音もでないほど正論な女性の言葉に、村の男達は、ペコペコ頭を下げながら、蜘蛛の子を散らすかのように広場から去っていった。
「何なんだ、あいつら」
ペッと唾を吐き、アブンが毒づく。
「コロッと態度を変えやがって。その癖、俺達には一言の詫びもなしかよ」
「……申し訳ありません。旅の方々」
と女性が小さく頭を下げる。
「今、この村には恐ろしいことが起きておりまして……。それでみんな、殺気立っているのです。どうか、平にご容赦を」
「あんた、誰だよ?」
ジロッと女性を横目で睨みつけるアブン。
「ひょっとして村長さん? だったら、もう少し村のやつらを躾けてくれねぇと」
お前は黙っていろ、とばかりにその口を塞ぐグレコーとザブ。
ふと、リリスに向き直った女性が目を丸くした。
「あなた……、怪我をしているの?」
「えっ?」
スッと近づいてくる女性にリリスはたじろぐ。
「診せてごらんなさい」
「え、いいよ。こんなの、放っておけば治るもん……」
「いいえ、いけないわ。きちんと手当をしなければ。傷跡が残ったりしたら、大変よ?」
慌てて手を振るリリスを優しくたしなめ、女性は一枚の綺麗なハンカチを取り出す。
香水を染み込ませているのか、そのハンカチからはとてもいい香りが漂っていた。
「…………」
何だかボンヤリとした気分になりながら、リリスは傷口を拭いてくれる女性の顔を間近に見つめていた。
そう言えば――、とリリスは思った。
あたしが怪我をした時、母ちゃんもこんなふうに手当てをしてくれたっけ……。
ふっ、と女性がリリスに微笑みかける。
眩しいほど優しいその微笑みにリリスは気恥ずかしくなり、頬を赤らめて顔を伏せていた。
「もし、よろしければ――」
ジョパンニ達を振り返り、女性が言った。
「このまま、私の館にお出で願いませんか? こちらのお嬢さんの傷によく効く、薬草があるのです」
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