テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
朝。
空気は昨日と似ている。
静かで、整っていて、
誰も逸れない。
でも今日は、少し違う。
“準備が終わっている”感じ。
遥は席に座る。
机はそのまま。
何も変わっていない。
なのに、
(来る)
理由はない。
でも分かる。
黒板の前。
蓮司が立っている。
今日はチョークを持っている。
今度は回していない。
書くために持っている。
カツ、という音。
黒板に線が引かれる。
横に一本。
縦にいくつか。
簡単な表。
名前を書くにはちょうどいい枠。
ざわつかない。
誰も何も言わない。
でも、
全員が見ている。
「これさ」
蓮司が言う。
普通の声。
でも、通る。
「効率悪くない?」
何の話か、説明しない。
必要がない。
「その日その日でさ」
チョークが動く。
枠の上に、短い文字。
“順番”。
「気分でやるの」
カツ、と音。
「ムラ出るじゃん」
何人かが小さく笑う。
軽い同意。
「だから」
蓮司が振り返る。
教室全体を見る。
「決めよう」
それだけ。
提案。
でも、拒否は存在しない。
「一日、一人」
黒板に書く。
「担当」
空気が固まる。
言葉にされた。
今まで曖昧だったものが、
形になる。
「全員回るように」
チョークが名前を書き始める。
最初は適当。
でも、
途中から規則的になる。
出席番号順。
公平。
誰も文句を言えない形。
「サボりなしな」
軽く付け足す。
それで完成。
ルール。
逃げ場のない形。
遥の名前も書かれる。
当然のように。
“対象”としてじゃない。
“前提”として。
それが一番おかしい。
「時間は」
蓮司が続ける。
「昼と放課後」
昨日と同じ。
でも違う。
固定された。
「内容は任せる」
ここは自由。
だからこそ、広がる。
「ただし」
一瞬だけ間を置く。
「声、出させること」
昨日の延長。
でも、
今度は“条件”。
達成目標。
「出なかったら」
チョークが止まる。
振り向く。
「次の日、二人分な」
笑いが混ざる。
軽い。
でも、重い。
罰則。
シンプルで、強い。
「あと」
もう一つ。
「邪魔したら」
日下部の方を見ない。
でも、分かる。
全員が一瞬だけ意識する。
「全員分、そいつがやる」
空気が締まる。
これは“釘”。
明確な。
日下部は動かない。
でも、逃げ道は消えた。
「以上」
蓮司がチョークを置く。
それで終わり。
拍手もない。
歓声もない。
でも、
全員が理解している。
これでいい、と。
授業が始まる。
何も変わらない。
でも、全部変わった。
昼。
チャイム。
同時に、何人かが動く。
自然に。
迷いなく。
「今日、俺な」
一人が立つ。
黒板を見る。
自分の名前の位置。
確認。
それだけ。
遥の席に来る。
昨日までと同じ顔。
でも、違う。
“役割を持った顔”。
「行くぞ」
短い。
命令じゃない。
でも、従うしかない。
遥は立つ。
抵抗はしない。
意味がないから。
教室の後ろ。
人が少しだけスペースを空ける。
観客席。
でも静か。
笑わない。
邪魔しない。
“進行を見守る”。
それがルール。
「じゃあ」
担当のやつが言う。
軽く肩を回す。
準備運動みたいに。
「スタート」
合図。
一発目。
腹。
昨日と同じ。
でも、重さが違う。
迷いがない。
「ほら」
二発目。
「出せよ」
三発目。
リズムが一定。
遊びじゃない。
作業。
遥は息を殺す。
(出すな)
でも、今回は違う。
出さなかったら、
次に繋がる。
“二人分”。
負担が増える。
周りに。
それは、
余計にやられる理由になる。
(どっちでも終わらない)
四発目。
背中。
息が漏れそうになる。
「まだ?」
声。
焦れていない。
確認。
進捗の。
五発目。
視界が揺れる。
喉が開く。
「……っ、」
小さく出る。
ほとんど空気。
でも、
「今の」
拾われる。
「オッケー」
終了。
あっさり。
担当のやつが手を引く。
「次、放課後な」
それで終わり。
歓声もない。
拍手もない。
ただ、
“完了した”空気。
席に戻る。
遥は座る。
手が少し震えている。
でも、
それだけ。
昨日より軽い。
時間が短い。
終わりがある。
(……楽だ)
思ってしまう。
すぐに、否定する。
(違う)
でも、
消えない。
その感覚。
窓際。
日下部が見ている。
昨日と同じ位置。
でも、
目が違う。
分かっている。
これは、
昨日より悪い。
止められない形になった。
放課後。
二回目。
同じ流れ。
同じ担当。
同じリズム。
今度は少しだけ強い。
でも、
終わりがある。
「はい終わり」
それで終わる。
誰も引き延ばさない。
ルールにないから。
遥は鞄を持つ。
立ち上がる。
教室を出る。
背中に視線はない。
追いかけもない。
それが逆に、
異常だった。
廊下。
歩きながら、考える。
(減ってる)
回数。
無駄な時間。
意味のない延長。
全部、削られてる。
効率的。
無駄がない。
(……楽だ)
また思う。
止められない。
その瞬間、
昨日の言葉が蘇る。
──長く持つから
足が止まる。
廊下の真ん中。
理解する。
これは軽減じゃない。
最適化だ。
壊すための。
長く、確実に。
逃げられない形で。
(最悪だ)
でも、
もう一つ分かる。
この形は、
壊れにくい。
外からも、内からも。
日下部でも、
もう止められない。
完全に、完成している。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!