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その日、凪が呼ばれたのは夜だった。
講義が終わって、家に帰り、夕飯を食べて、部屋でノートを整理しているとスマホが震えた。
画面を見る。
蒼からだった。
来い
それだけ。
場所は書いていない。
でも、凪には分かる。
大学の近くの居酒屋街の裏。
学生がよく集まる、小さなバーのような店だ。
凪は財布とスマホをポケットに入れて、部屋を出た。
夜の空気は少し湿っていた。
大学の周りは昼より騒がしい。笑い声と音楽が混ざっている。
店のドアを開けると、すぐに蒼が見えた。
奥のテーブル。
周りに七、八人いる。
知らない顔も混ざっていた。
蒼は椅子にだらけるように座って、グラスを手にしている。沙希もいた。
凪が近づくと、蒼が言った。
「お、来た」
その声で何人かが振り向く。
「誰?」
「凪」
蒼はそれだけ言う。
それで通じたらしい。
「あー」
何人かが笑う。
「動画のやつ?」
「ほんとにいるんだ」
凪は少しだけ笑う。
「こんばんは」
挨拶をすると、席の一人が言う。
「凪」
「水持ってきて」
凪は頷く。
カウンターに行って、水のピッチャーとグラスを持ってくる。
テーブルに置く。
その様子を見て、誰かが言う。
「ほんとにやるんだ」
沙希が笑う。
「言えば大体やるよ」
凪は何も言わない。
ただ空いている椅子を探して、テーブルの端に座る。
でも、すぐに蒼が言った。
「凪」
凪は顔を上げる。
「立って」
言い方は軽かった。
でも命令だった。
凪は椅子から立つ。
周りの何人かが面白そうに見る。
蒼はグラスを揺らしながら言う。
「お前さ。どこまでやるの?」
凪は少し考える。
「頼まれたら」
蒼は笑う。
「ほんと?」
凪は頷く。
「うん」
それを聞いて、蒼の隣にいた男が言う。
「じゃあさ」
テーブルの下に、コースターを落とす。
「取って」
凪は手を伸ばす。
男は笑う。
「違う違う」
足元を指す。
「口で」
テーブルが一瞬静かになる。
でも、すぐに小さな笑いが広がる。
凪はコースターを見る。
それから床を見る。
ほんの少しだけ迷う。
蒼を見る。
蒼はグラスを飲みながら、凪を見ている。
止めない。
凪はゆっくりしゃがむ。
床に落ちているコースターを拾う。
口でくわえる。
テーブルの上に置く。
笑い声が上がる。
「マジでやるんだ」
「やば」
「可愛いじゃん」
誰かがスマホを向ける。
蒼はその様子を見ながら、小さく笑った。
沙希が言う。
「蒼。
ちゃんと躾けてるじゃん」
蒼は肩をすくめる。
「別に」
それから凪を見る。
「座れ」
凪は椅子に戻る。
胸が少しだけ速く動いている。
でも、顔は笑っていた。
その様子を見て、蒼がぼそっと言う。
「ほんと。
面白いな、お前」
凪はその言葉を聞いて、少しだけ嬉しそうに笑った。