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ハチ
56
玄関の鍵は、確かに閉めた。 榎本はそう思いながら、もう一度ドアノブを回した。 やはり、開かない。
榎本
小さく呟いて、靴を履き直す。 何でもない確認だ。 癖みたいなもの。 ドアを開け、外に出る。 そして、振り返る。 ――鍵は、閉めた。 確認して、歩き出した。
駅までの道は、いつも通りだった。 人も、車も、信号も、何一つ変わらない。 ただ一つだけ。 胸の奥に、引っかかるものがあった。
榎本
思い出せない。 けれど、確実に「何か」を忘れている。 電車に乗り、会社に向かう。
仕事中も、その違和感は消えなかった。 昼休み。 同僚の神谷が声をかけてきた。
神谷
榎本
神谷
榎本
神谷
榎本
即答だった。
神谷
その一言で、違和感が少し強くなる。 ――“ならいいけど” 何が“いい”んだ?
仕事を終え、帰宅する。 いつもの帰り道。 見慣れたアパート。 榎本は、ポケットから鍵を取り出した。 その瞬間。
榎本
鍵が、もう開いていた。 ドアは、少しだけ開いている。 ほんの、数センチ。
榎本
朝、閉めたはずだ。確実に。 確認もした。 ゆっくりと、ドアを押す。 中は、いつも通りだった。 家具も、配置も、何も変わっていない。
榎本
当然だ。 ここは一人暮らしだ。 だが。部屋の奥。 寝室のドアが、開いていた。 朝、閉めたはずの場所。
榎本
ゆっくり、近づく。 ドアの前で、止まる。 中は暗い。 カーテンが閉まっている。 榎本は、手を伸ばし―― その時。 声がした。
??
榎本
振り返る。誰もいない。
榎本
返事はない。 ただ。寝室の中から、もう一度。
??
榎本
ゆっくりと、視線を戻す。 暗い部屋の中。 何も、見えない。 ――はずだった。
ベッドの上に、“誰か”が座っていた。
榎本
輪郭だけが、ぼんやり見える。 顔は、分からない。
??
榎本
??
榎本
??
空気が、凍る。
榎本
??
“それ”が、少しだけ動いた。 ベッドが、軋む。
??
榎本
??
“それ”が、立ち上がる。
??
ゆっくりと。 “それ”の指が、自分の胸を指しているのが見えた。
??
榎本の足が、動かない。 息が浅くなる。
??
一歩。“それ”が近づく。
??
榎本
“それ”は答えない。 ただ。すぐ目の前まで来て――
??
翌朝。 榎本の部屋は、施錠されていた。 内側から。 そして。 寝室のドアだけが、開いたままだった。
――“閉め忘れたまま”。