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朝。 教室。 もう、誰も“柊の名前”を口にしない期間が続いている。 思い出すこと自体が、どこかで禁じられているみたいに。
三浦
斎藤
三浦
斎藤
普通。 その言葉の中に、全部押し込められている。
三浦
止まる。名前が出ない。 でも。感触だけが、残っている。 靴の裏に残った、鈍い柔らかさ。 骨じゃない。机でもない。 人間の上に体重をかけたときの沈み方。
それが、何度も、何度も。
斎藤
三浦
言えない。言えないのに。 あの日まで“毎日やっていたこと”だけは、はっきり残っている。 黒板。うっすら消された跡。 何度も書き直された、同じ位置。 “担当” “順番” “回数” 数字が並んでいたはずなのに、もう読めない。
新担任
名前が呼ばれる。
三浦
斎藤
最後まで終わる。
新担任
誰も反応しない。 当たり前の言葉として、流れる。
休み時間。 三浦が立ち上がる。 癖のように、歩く。何も考えず。 いつもの場所。
“そこにいるはずの位置”。 足を出す。 軽く――踏む。ぐに、と沈む。
三浦
止まる。
斎藤
三浦
もう一度、踏む。 今度は、ゆっくり。確かめるように。 沈む。はっきりと。 柔らかい。逃げない。支えもしない。 ただ、受け止めるだけの“何か”。
三浦
その瞬間。 “踏み返される” 足の裏に、強い圧。 下から。押し上げる力。
三浦
バランスを崩す。 斎藤が手を伸ばす。肩を掴む。 その手が止まる。触れている。 空間に。確実に、何かがある。 肩の高さ。首の位置。 沈んでいる“形”。
斎藤
もう一度触る。 今度は、なぞる。輪郭がある。 人間の。 斎藤の顔が、青ざめる。
三浦
足を引く。 抜けない。絡みつく。 踏みつけた分だけ、沈み込んでいる。 ぐ、と。引きずられる。
三浦
床に沈む。足首まで。
斎藤
三浦を引く。 その動き。 “あの日までと同じ”。 押さえつける側の動き。 逃げさせないための引き方。 その瞬間。 斎藤の手首が、掴まれる。
斎藤
見えない手。冷たい。 強い。振りほどけない。 耳元。すぐ横。
柊
三浦の呼吸が止まる。
柊
三浦
反射。意味のない否定。
柊
黒板の数字。消えたはずの記録。
柊
三浦の足が沈む。膝まで。
三浦
暴れる。抜けない。
斎藤
引く。必死に。 でも、逆。 今度は斎藤が引かれる。ぐ、と。 机の方向へ。肘まで沈む。
柊
静かな声。逃げ場がない距離。
柊
斎藤の腕。 机に押し付けられる。 見えない力で。 同じ角度。同じ位置。 同じ“固定”。
斎藤
周り。 笑い声。会話。誰も見ていない。 いつも通り。 “あの日々と同じ”。
三浦
叫ぶ。前の席の生徒が振り返る。
生徒
本気の顔。何も見えていない。
三浦
生徒
その温度差。 あの時と同じ。 机の上。ノート。勝手に開く。 文字が増える。 ゆっくり。一画ずつ。
『やったよね』
『踏んだよね』
『数えてたよね』
『交代してたよね』
『押さえたよね』
『逃げたら増やしたよね』
『笑ってたよね』
斎藤
声が崩れる。
斎藤
その言葉。 教室の空気が、一瞬だけ止まる。
柊
すぐ近く。重なる。 見えないのに、重なる距離。
柊
斎藤の腕が、一気に引かれる。 肩まで沈む。
斎藤
三浦の体も沈む。腰まで。 逃げ場がない。
柊
冷たい。感情がない。 ただの“再現”。 三浦の足。踏まれる。何度も。 同じリズム。同じ回数。 止まらない。数えていた分だけ。
三浦
斎藤の頭。 押さえつけられる。机に。 呼吸が潰される。
斎藤
柊
一瞬。 間。
柊
二人同時に、引きずられる。 胸まで。 首まで。
三浦
斎藤
やっと出る言葉。 遅い。
柊
静かに。
柊
最後。 一気に。沈む。音もなく。 抵抗も消える。 跡も残らない。
教室。 何も変わらない。 机も、椅子も、そのまま。
新担任
変わらない声。 黒板。 いつの間にか。
『ぜんいん』
その下。小さく。 前より増えている。
『やってた』
『まいにち』
『きめてた』