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ハチ
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夕焼けが、妙に長く続いていた。 帰り道。 見慣れたはずの住宅街。 風がない。 音も、少ない。
佐々木
腕時計を見る。
17:12。
いつもと変わらないはずの時間。 なのに、空の色だけが動かない。 歩く。 電柱。 曲がり角。 白い家。 いつも通りの順番。 でも。佐々木は、足を止めた。
佐々木
白い家の塀。 角が少し欠けている。 その形に、見覚えがあった。 さっき、通った。 振り返る。 同じ道。 同じ電柱。
佐々木
小さく笑う。 ありえない。 ただの勘違い。
佐々木
来た道を戻らず、別の路地へ入る。 細い道。 知らない家。 見慣れない自販機。 数分歩く。 開けた道に出る。
佐々木
そこにあったのは。 白い家。 同じ欠けた塀。
佐々木
心臓が、一拍遅れる。 振り返る。 さっきの路地は、ない。
佐々木
スマホを取り出す。 地図アプリを開く。 現在地が表示される。
でも。 地図の上の道が、ぐにゃりと歪む。
佐々木
道が、一本にまとまっていく。 枝分かれしていたはずの道が、消える。 画面には、一本の線だけが残る。 まっすぐ伸びる道。
佐々木
試しに、逆方向へ歩く。 数歩。視界が、揺れる。 気づけば。 白い家の前に、立っている。
佐々木
呼吸が浅くなる。
佐々木
走る。 別の方向へ。 角を曲がる。 さらに曲がる。 無茶苦茶に進む。 止まる。 目の前。 白い家。
佐々木
足が、勝手に後ずさる。 そのとき。 背後で、音がした。
コツ。
ゆっくりした足音。 振り向く。 誰もいない。 でも。もう一度。
コツ。
今度は、近い。
佐々木
返事はない。 視線を前に戻す。 白い家の玄関。 いつの間にか、扉が少しだけ開いている。 暗い隙間。 中が見えない。 スマホを見る。 地図。一本の線。 その先端が、今いる場所に重なっている。 そして。 線の終点は。 白い家の中を指している。
佐々木
理解する。 帰り道は、ひとつしかない。 そして。それは。 ここに、繋がっている。 背後で、足音。
コツ。
コツ。
コツ。
近づいてくる。 佐々木は、扉を見る。 逃げ場はない。振り返らない。
佐々木
手を伸ばす。扉に触れる。冷たい。
ゆっくりと、開ける。 中は、普通の家だった。 明かりがついている。 リビング。食卓。テレビの音。 そして。 誰かが振り向く。
???
知らない女。 女は、少し驚いた顔をして。 すぐに、柔らかく笑った。
女
奥から声。
???
知らない男。 テーブルには、夕食。 温かい匂い。 女が近づいてくる。
女
佐々木は、言葉を失う。
佐々木
女は、首をかしげる。
女
佐々木
沈黙。 男が、ゆっくり立ち上がる。
男
一歩。近づく。
男
その瞬間。 頭の奥が、ズレる。 記憶が、軋む。 自分の部屋。 帰り道。 家の鍵。 全部が、ぼやける。
代わりに。 この家の記憶が、流れ込んでくる。 この廊下。 この部屋。 この家族。
佐々木
女が、目の前に立つ。
女
優しく、笑う。
女
背後で。
コツ。
あの足音。 すぐ後ろまで来ている。 振り向けない。
女
手を引かれる。
女
その手は、温かい。 逃げられない。 佐々木は、ゆっくりと中へ入る。 扉が閉まる。
その直前。 外に、何かが立っているのが見えた。 暗くて、形は分からない。
ただ。 じっと、こちらを見ている。 扉が閉まる。 音が、消える。 静かな食卓。
男
女
佐々木も、口を開く。
佐々木
その声は。 少しだけ、知らない音だった。
翌日。
同じ時間。 同じ夕焼け。 帰り道。 一人の生徒が、足を止める。
山本
白い家。 欠けた塀。 背後で。
コツ。
足音が、近づく。
山本
返事はない。 ただ。 遠くから、誰かの声がする。
???
その声は。 少しだけ、佐々木に似ていた。