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暗くはない。光もある。音もある。 ただ。誰も、こっちを見ない。 柊は立っている。 教室の中。いつもと同じ位置。 黒板。 机。 窓。 全部、そのまま。 変わっているのは、自分の扱いだけ。
柊(いる)
声にはならない。 出しているつもりの音は、誰にも届かない。 でも。触れられる。 三浦の足。 踏みつけてきた位置。 何度も。毎日。 回数は覚えている。 忘れる理由がない。 最初は、数えていた。 途中から、数えられる側になった。
今日は15回
昨日は多かったな
ちゃんとやれよ
全部、覚えている。 笑い声も。順番も。交代の合図も。 誰が最初に踏んだかも。 誰が最後まで残ったかも。 全部。
柊(間違ってない)
あの日。三浦が言った。
普通だろ
あれは本当だ。 あの日も、その前も、ずっと同じだった。
柊(全部、同じ)
斎藤が押さえた。 逃げないように。 机に。 腕を固定して。 あの角度。あの力。 再現できる。 もう一度。 柊は動く。 三浦のいた席。 今は空いている。 でも。“そこにいる”。 柊は、足元に触れる。 沈む。同じ感触。
柊(いる)
踏む。 一回。 反応はない。 二回。 三回。
柊(……少ない)
回数が違う。足りない。
柊(もっとやってた)
記憶は正確。
今日は20回だろ
まだ半分
サボんなよ
その声も、残っている。 柊は、足に力を込める。 踏みつける。 何度も。 床に沈んでいく。 でも。途中で止まる。
柊(違う)
これは違う。 “やられる側”の沈み方じゃない。
柊(もっと深かった)
視線を上げる。 教室。 いつも通り。 でも。 全員の動きが、ほんの少しだけ、噛み合っていない。 ズレている。 笑うタイミング。話す間。 何かが抜けている。
柊(足りない)
柊がいた位置。 そこだけ、空間が歪んでいる。 毎日、同じ場所。 同じ時間。 同じ行為。 積み重なった“形”。 それが、消えていない。
柊(残ってる)
ノートが開く。 誰も触っていないのに。 ページがめくれる。 文字。 昨日までの記録。回数。順番。担当。 全部ある。 でも。“対象の名前だけがない”。
柊(間違ってない)
誰も嘘をついていない。 三浦も。 斎藤も。 教師も。 全員。
柊(正しい)
ただ。 抜けているだけ。 柊は、黒板を見る。 うっすら残った跡。 数字。 正確。 消しきれていない。
柊(ここ)
そこに立つ。 自分がいた位置。 足を揃える。 同じ高さ。同じ距離。
柊(ここにいた)
その瞬間。 教室の空気が、わずかに歪む。 一人の生徒が、顔を上げる。
生徒
何も見えていない。 でも。 “何かがいる位置”を見ている。 一瞬だけ。視線が合う。
柊(見えてる)
次の瞬間。 逸らされる。 なかったことになる。
生徒
柊(間違ってない)
あの日。 誰も間違えていない。 やったことも。 回数も。 順番も。 全部、正しい。 だから。
柊(ここにいる)
消えていない。 ただ。 いなかったことにされただけ。 黒板。 新しく、文字が浮かぶ。
『まちがってない』
『ぜんぶあってる』
『でもいない』
柊は、それを見る。静かに。
柊(じゃあ)
次に進む。 一歩。 教室の床が、わずかに沈む。 “誰かがいる重さ”で。
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猫塚ルイ
