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昼休みのチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が変わった。
どこからともなく机が動かされ、教室後方に半円のスペースがつくられる。
「今日撮るらしいぞ」と囁く声がいくつも重なり合い、ざらりとした期待が鈍く揺れた。
「遥、こっち来い。ほら、立って」
腕をつかまれ、引きずられるように後ろへ連れていかれた。
拒む時間は一秒たりとも許されない。
「逃げんじゃねぇよ。今日“従う練習”だって言ったろ?」
「……逃げない。分かってる」
答えると、掴んでいた男子が鼻で笑う。
「大人しいな。さすが“家庭仕込み”って感じ?」
周囲がクスクスと反応する。
俺の家のことを知っているからこその、薄気味悪い笑いだった。
視線の奥に、文化祭で使われた骨組みが改造され、 簡易の“檻”になったものが見える。
「はい、今日の舞台はこれね〜。お前のために作ったんだから、有効活用しろよ」
男子のひとりが檻を蹴ると、金属音が響いた。
「入れ」
肩を押され、膝から崩れ落ちるように押し込まれた。
狭くて、体勢を変える余裕もない。
ガチャンと扉が閉まる。
「撮るぞー。ほら照明。窓際開けとけ」
スマホを持った数人が前に出る。
まるで小さな撮影隊だった。
「じゃ、まず“はい”ね。買い手さんに聞こえるやつ」
「買い手……?」
ざわっと小さな笑いが起きる。
「昨日言ったろ。“入札式”やるって。
そのための前振り動画なんだよ。ほら、言えるだろ?」
喉が乾く。息が浅い。
「……はい」
「ちっさ。聞こえませんけど?」
檻を蹴られ、体が揺れる。
「……はい」
「気持ちこもってねぇって」
檻の天井を指で叩きながら、別の男子が言う。
「育て方の問題か? 家でもそんな感じ?」
「……やめ……」
「はっ、言い返すとか生意気〜。
言い返したってことは“反抗した設定で撮れる”な? 伸びるし」
「反抗してない……」
「じゃあ声出せ。“従います”」
押しつけるように言われ、息が乱れる。
「……従います……」
「弱い。ほら、“自分から言ってるっぽく”」
檻の格子越しに首元をつかまれ、軽く揺すられた。
スマホのレンズが一斉に寄ってくる。
「……従います!」
「いいね。はいアップ、もっと寄れ」
前のほうにいた女子がスマホを掲げる。
「これサムネ良くない? 『従う練習(学校ver)』」
「入札式の“予告動画”でしょ。伸びる伸びる」
好き勝手に決められていく。
「じゃ、次。“誰に従うか言え”」
教室全体が一瞬だけ静まる。
その沈黙の重さが、呼吸をさらに浅くしていく。
「……みんな……に……」
「声!!」
「……みんなに、従います……!」
拍手が起きた。
冷笑と期待が混ざった、最悪の拍手だった。
「よっしゃ、今日は“降伏度”高め。
ほら、次の工程入るぞ」
男子のひとりが檻の扉を揺らす。
「お前、今日の“入札セリフ”の練習もしとこ。
家で兄貴にやらされてんだろ? もっと上手くできるって」
家の話をされる瞬間、腹の底が冷たくなる。
「……やだ、言いたくない……」
「ほら来た、“怯え顔”。これが伸びるんだよなー」
檻を揺らす音。
誰かの笑い。
至近距離のスマホの光。
すべてが同じ方向へ向かう——俺を売り物のように扱う方向へ。
「じゃあ言え。“よろしくお願いします、って”」
「……っ、……よろしく……お願いします……」
「はい録れたー! これは伸びる!」
「明日、本格的に檻運ぶから。体育倉庫の横にスペース作った」
「“入札台本”も作ろうぜ。商品説明、誰書く?」
教室の一角で、まるで文化祭の準備みたいに盛り上がる声が響く。
その熱気の中心で、
俺だけが冷たい鉄に包まれていた。