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翌朝の教室は、異様にざわついていた。 会話の粒が細かい。ひそひそ声なのに、なぜか妙に弾んでいる。
俺が入った瞬間、その空気が一つにまとまる。
「来た」
「おはよ、今日“準備の日”だからさ」
笑顔。
だけど、そのどれもが、俺の逃げ道を塞ぐために向けられたものだった。
「体育倉庫の横、もうスペース作ってある。
ほら見て、昨日のうちに“檻”持ってった」
男子がスマホを見せてくる。
画面には、金属の骨組みが運ばれている動画。
暗い廊下、笑い声、足音。
そして最後に「展示スペース完成w」のテロップがついていた。
「……これ……本当にやるのかよ」
思わず声が漏れると、すぐ肩を掴まれた。
「“本当にやるのかよ”じゃなくて、
“どうやったらうまくできるか”考えんだよ。お前の仕事はそれ」
言い方が完全に“指導”だった。
「美術室からライト拾ってくるって言ってたよな?」
「おう、LEDの小さいやつ。三点照明いけるわw」
「てか黒布どうする? 背景暗くないと“商品”映えないんだよな」
「そうそう。昨日のやつは光が回りすぎてた。
もっと“閉じ込められてる感じ”出したい」
俺のことを指しているのに、
まるで机の配置か、舞台の道具の話のようだった。
「お前はさ、今日の放課後、先に倉庫来いよ」
「……何するんだよ」
「何するって、“入札式”の練習。
本番で噛んだら萎えるだろ?」
笑いが起きる。
「まずさ、『当商品は従順性が高く……』とか、“読むだけ”のとこ。
あれお前の顔抜きながら撮るから」
「商品紹介の文章、昨日の夜作ったぞ。
あとで渡すから覚えとけ。最低限、噛まずに言えればいいから」
俺は商品じゃない、
なんて言葉を口にしたところで、どうにもならないと知っていた。
否定した瞬間、否定したところが切り取られて“反抗動画”になるだけだ。
「で、檻の中で言うセリフな。
“よろしくお願いします”と“頑張ります”。
それから“ご主人様の指示に従います”。
この三つは固定」
「語尾弱いとバズらねーから。気持ち入れて言えよ?」
「兄貴にも言わされてんだろ? 家の感じでいいからさ」
家の話をされた瞬間、心臓が変な跳ね方をする。
「……関係ねぇだろ……」
その瞬間、空気がざらりと揺れた。
「ほら、“怯え声”。これがいいんだよ」
「ビビったとこ録りてぇな。
本番までに何回か“反抗したことにする”撮影するからさ」
「フェイク混ぜたほうが伸びるしな。
“檻に入れられた理由”はいくつかパターン作るわ」
机の上では、誰かがプリントの裏に“入札式台本”を書いていた。
《本日の展示品:被写体H》
《特徴:従順・反抗0・怯え顔がよく伸びる》
《開始価格:100円》
《ご希望の方はコメント欄へ》
「これでいく?」
「いいじゃんw ちゃんと“開始価格”書いてるのジワる」
「反応良かったら、第二弾“夜ver”も撮るから」
ざわめきは、確実に“準備”の方向へ進んでいた。
俺を中心に、俺抜きで。
「放課後、絶対来いよ。
逃げても意味ねぇから」
「お前が来ないと、台本練習できないしな」
「檻のサイズ、昨日お前の座り方見て調整したから。
ちょうどハマると思う」
そこまでして準備されていたのかと思うと、 背中がぞわりと冷えた。
「……分かった……行く……」
「はい、いい返事〜。その感じで本番も頼むわ」
笑い声。
椅子を引く音。
チャイム。
すべてが日常の音なのに、
俺にだけ、それは“逃げ場の封鎖”にしか聞こえなかった。