テラーノベル
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制裁は、静かに始まった。
誰かが「連れていきなさい」と言った。
語気は穏やかで、怒気も興奮もない。
それがかえって、逃げ場のなさを際立たせる。
遥は腕を掴まれ、引き立てられた。
抵抗は「反省していない」と見なされるだけだと、
もう身体が学習している。
連れて行かれたのは、客間でも座敷でもない。
蔵の奥、“お仕置き部屋”と呼ばれている場所だった。
正式な名前じゃない。
でも、この家の人間はそう呼ぶ。
中は狭く、窓は小さい。
昼間でも薄暗く、音が外に漏れにくい。
「頭下げろ」
いとこの声だった。
命令というより、段取りの確認。
遥が一瞬だけ顔を上げると、
別のいとこが近づいてきて、
手首を無造作にまとめた。
冷たい感触。
次の瞬間、結束具が締められる。
「暴れると痛いよ」
「大人の前では大人しくできたんだから」
それは“理屈”だった。
遥を黙らせるための、十分すぎる理由。
腰のあたりで、金属音がした。
壁に固定された鎖に、手首が繋がれる。
(……本当にやる気だ)
ここが“話を聞く場所”じゃないことを、
遅すぎるほど理解する。
最初の一撃は、不意だった。
強くはない。
だが、避けられない位置に入る。
「反省してるならさ。煽るような態度、取らないでくれる?」
遥は何も言っていない。
黙っていただけだ。
それでも、沈黙は“挑発”に翻訳される。
二度目は、少し重かった。
三度目は、確実に狙われた。
体が揺れる。
鎖が引っ張り、逃げ場を塞ぐ。
「ほら、ちゃんと見て反省しなよ。自分が何したか」
(……してない)
喉まで来た言葉は、
結束具の食い込む痛みで押し戻される。
声を出したら、
それは“逆ギレ”になる。
「さっきの話さ」
いとこの一人が、楽しそうに続ける。
「実はもう一個あるんだよね。言うか迷ったんだけど」
他のいとこたちが笑う。
「“迷った”って言っとけば善人だもんな」
「祠のとき、触られた、って言ったでしょ」
遥の呼吸が一瞬止まる。
「実際は──
触られ“なかった”だけでさ」
その瞬間、全員が理解する。
逃げただけ
寸前で止まっただけ
それらは、“未遂”として十分だということを。
「だから許されると思った?」
「残念。気持ち悪かった時点で、アウト」
拳が入る。
膝が折れそうになるが、
鎖がそれを許さない。
(……ここまで……来たら)
(何を言っても)
(もう……増えるだけだ)
遥は歯を食いしばり、
声を飲み込んだ。
それを見て、
いとこたちは満足そうに息を吐く。
「やっと分かってきたじゃん」
「そう、その顔」
「それが“躾が入ってる顔”」
途中で、扉が少しだけ開いた。
遅れてきた親戚の一人が、様子を覗く。
「……まだ、やってるの?」
誰も止めない。
誰も続けろとも言わない。
ただ状況を確認し、
何も変えずに閉める。
その動作が、
遥にとっては一番きつかった。
(見られた)
(でも、助けはない)
それだけで、
胸の奥が一段、潰れる。
最後は、言葉だった。
「ちゃんと覚えとけ」
「この家で、信用は一回落ちたら戻らない」
「次は“未遂”じゃ済まないって……分かるよね?」
遥は、うなずいた。
考えた末じゃない。
体が勝手に動いた。
それで、制裁は終わった。
終わっただけで、
解放されたわけじゃない。
扉が閉まり、
鍵の音がする。
遥は一人、
結束具の食い込む手首を見下ろした。
(……これで)
(“全部、俺が悪い”って話は)
(完成した)
その理解だけが、
異様なほど、冷静だった。
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