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気づいたとき、部屋は静かだった。
鎖の音もしない。
怒鳴り声も、笑い声も、もう遠い。
遥は床に座ったまま、背中を壁に預けていた。
手首の感覚が鈍い。
痛いのかどうかも、もうよく分からない。
──かすかな足音。
扉が少しだけ開いた。
入ってきたのは、
いとこでも兄弟でもない。
遅れてきた親戚の子どもだった。
同い年くらい。
名前を呼び合うほど親しくはない。
ただ、毎年一度くらい顔を見る存在。
「……終わった?」
感情のこもらない声。
驚きも、同情も、嫌悪もない。
遥は少し間を置いて、うなずいた。
「……たぶん」
相手は部屋の中を一瞥したあと、
壁際に寄りかかって立った。
距離は詰めない。
「そっか」
それだけ言って、黙る。
沈黙が落ちる。
気まずさというより、処理されていない空白。
「……また?」
短い一言。
問いというより、確認。
遥は答えなかった。
でも、否定もしなかった。
親戚の子どもは、それで理解したらしい。
「小さい頃からだよね、覚えてるよ」
淡々とした口調。
「泣いてたらさ、“うるさい”って言われて。黙ったら“気持ち悪い”って言われてた」
遥の指先が、僅かに動いた。
「……見てたの?」
「見えてただけ。
別に、記憶に残りやすいってだけ」
責任を引き取る気はない、という言い方。
「正直さ。
今さら変だとも思ってない」
遥は、喉の奥がひりつくのを感じた。
「……じゃあ」
掠れた声で言う。
「俺が悪いって思う?」
親戚の子どもは、少し考えた。
「うーん」
首を傾げる。
「“悪い”かどうかは知らない。でも、この家では、遥がそうなる役、ずっとそうだよね」
それは残酷な言葉だった。
しかし、嘘ではなかった。
「俺が来る前から
もう完成してた感じ」
遥は、目を伏せた。
(やっぱり……)
(外から見ても……そうなんだ)
「……助ける気、ないよね」
自分で言っておいて、
答えは分かっている。
親戚の子どもは、すぐに答えた。
「うん。無い」
躊躇も、言い訳もない。
「だって。関わったら、俺もここに座るでしょ」
それは、とても現実的な理由だった。
「だからさ」
少しだけ声を落として、
「せめて聞くだけ」
「今日も、最悪だった?」
遥は、しばらく黙っていた。
数えようとしたが、
何が“最悪”なのか分からなくなって、やめた。
「……普通よりは」
それが、精一杯だった。
「そっか」
親戚の子どもは、それ以上追及しない。
代わりに、こう言った。
「じゃあ。ちゃんと生きてるね」
遥は顔を上げた。
「え?」
「だって。生きてないと、ここまで出来ないでしょ」
褒めてもいない。
慰めてもいない。
ただの事実確認。
しばらくして、相手は扉に手をかけた。
「じゃ、俺戻る。誰か来る前に」
去り際に、一度だけ振り返る。
「……来年も。多分、同じだよ。
それ、覚えといた方が楽」
扉が閉まる。
また静寂。
遥は、天井を見上げた。
(助けはない)
(でも……)
胸の奥で、
小さく、どうしようもなく残るものがあった。
誰かが、知っている。
それだけ。
それだけが、
今日一日の中で、唯一“壊されなかった事実”だった。
#ジェイク推し