警察署の応接室は、思っていたよりも狭かった。
会議室ほどの緊張感はなく、取調室ほどの圧迫もない。
ただ、私語をするには少しだけ不向きな空間だ。
真琴は、背もたれに深く寄りかからず、椅子に腰掛けていた。
向かいに座る男――久我は、資料に目を落としたまま、視線を上げない。
「で、何を聞きたい」
声は低く、感情が薄い。
威圧する気はないが、迎合する気もない声音だった。
「連続失踪事件の当時の捜査についてです」
真琴は、用意してきた質問の中から、いちばん無難な言い回しを選ぶ。
「一般論でいいです。
あの規模の事件で、判断が分かれるポイントは、どこにあるのか」
久我は、ペンを指先で転がした。
「証拠だな。
それも、“あるかどうか”じゃない。
“どこまで言えるか”の証拠」
顔は上げない。
「疑いがあっても、断定できなければ動けない。それだけだ」
「疑いが強くても、ですか」
「ああ」
即答だった。
「強い疑いと、使える証拠は別物だ」
真琴は、少し間を置いてから次を続ける。
「黒瀬については?」
ペンが、止まった。
ほんの一瞬。
だが、確かに止まった。
「接触歴があった。
失踪の時期も近い。
黙秘を続けた。
それだけで、有罪になるには十分だった」
「……それだけ?」
久我は、ようやく視線を上げた。
「それ以上、何がある」
睨むわけでもない。
探るわけでもない。
ただ、境界線を示す目だった。
真琴は、逃げなかった。
「黒瀬が、何かを知っていた可能性は――」
「考えた」
遮るように、久我が言った。
その速さだけが、答えだった。
室内の空気が、わずかに変わる。
「考えた。だが、それ以上は必要なかった」
「必要なかった、というのは」
「職務として、だ」
声は平坦だ。
「語らない人間の内側を、
推測で埋めるのは警察の仕事じゃない」
正論だった。
崩しようのない、正論。
真琴は、それ以上、踏み込まなかった。
「分かりました」
評価もしない。
反論もしない。
ただ、受け取る。
久我は、それを一瞥した。
「……妙だな」
「何がですか」
「君」
久我は、資料を閉じた。
「俺を糾弾しに来たわけでもない。
正義を振りかざすわけでもない」
短く、息を吐く。
「それでいて、知ってる顔をしている」
真琴は、何も言わなかった。
言えなかったのではない。
言う必要がなかった。
立ち上がる音がして、面談は終わった。
去り際、久我は背を向けたまま、ぽつりと言った。
「正しい判断が、
正しい結果を生むとは限らない」
説明はない。
補足もない。
ただ、それだけを残して、久我は出ていった。
扉が閉まる。
真琴は、しばらく動かなかった。
踏み込めなかった人ではない。
踏み込まなかった人。
それが、久我という人間だ。
そして――
踏み込まないことで、生き残った人間だ。
真琴は、次の場所を思い浮かべる。
踏み込むことを、
最初から選ばなかった人間のいる場所を。






