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夜は、街を均一にしてしまう。
光も影も、境界が曖昧になる。
久我は車を停めたまま、エンジンを切らずにフロントガラス越しの景色を見ていた。
住宅街の端。人通りはない。
だが、静かすぎるわけでもない。遠くで走る車の音、どこかの家のテレビの気配。
「普通」の中に、異物が紛れ込む余地は十分あった。
ダッシュボードの上で、スマホが一度だけ震えた。
表示されたのは、登録のない番号。
久我はすぐには出なかった。
呼び出しが切れる寸前で、通話ボタンを押す。
「はい」
名乗らない。
『……やっぱり出るんですね』
真琴の声だった。
少しだけ、呼吸が速い。
「用件は」
『確認です』
「何を」
『あなたが、止めに来ないかどうか』
久我は短く息を吐いた。
「止める理由がない」
『そうですか』
一瞬の沈黙。
その向こうで、誰かがキーボードを叩く音がする。玲だろう。
澪が資料を読み上げ、燈が黙って聞いている光景が、久我の脳裏に浮かぶ。
『こちらは、予定通り動きます』
「分かってる」
『……本当に?』
「線は越えない。だが、止めもしない」
真琴は少しだけ声を落とした。
『それ、警察としては一番嫌われる立場ですよ』
「今さらだ」
笑いはない。
冗談でもない。
『黒瀬の言葉、整理しました』
「どう使う」
『構造を説明するために』
即答だった。
『誰が、誰を、どう守ってきたか。
誰の名前が消されて、どこに責任が移されたか。
感情じゃなく、順番で出します』
「……」
『逃げ道は、残しません』
久我はハンドルに置いた指に、わずかに力を入れた。
「それで、お前たちは助からない」
『助かるつもりはありません』
真琴の声は、静かだった。
『黙らないって、そういうことです』
久我は目を閉じた。
一秒。
それだけ。
「分かった」
『それだけ?』
「それ以上言うと、俺は止める側になる」
通話の向こうで、短く笑う気配。
『……ありがとうございます』
「礼を言われる筋じゃない」
『それでも』
真琴は言った。
『あなたが伏せた名前も、
あなたが避けた構造も、
全部、使います』
「好きにしろ」
久我はそれだけ言って、通話を切った。
画面が暗くなる。
車内に、エンジン音だけが残る。
久我はシートに深く背を預けた。
選択は、もう終わっている。
守らない。
だが、壊しもしない。
ただ、見届ける。
それが、彼が選んだ唯一の立ち位置だった。
フロントガラスの向こうで、街の灯りが滲む。
静かに、確実に。
歯車は、回り始めていた。