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夜の探偵社は、昼間よりも音が少ない。
その分、気配だけが濃く残る。
真琴は、机の上に並べられた資料から視線を上げなかった。
コピーされた調書、新聞記事の切り抜き、玲が引っ張ってきた古い内部資料。
どれもが同じ方向を指しているのに、決定的な一点だけが、まだ噛み合っていない。
「……木津さんは、知ってた」
ぽつりと呟くように言ったのは、澪だった。
資料をめくる指を止め、真琴を見る。
「久我が何を伏せてるかも。
それから――警察が、どこで線を引いてるかも」
真琴は、ゆっくりと息を吐いた。
「知ってて、黙ってたんじゃない」
その声は、感情を削ぎ落としたように静かだった。
「“黙らされてた”。
……おじさんと同じだ」
燈が、椅子の背にもたれかかりながら言う。
「久我も、その線の内側にいる。
だから全部は出せない。でも、切り捨てる気もない」
「一番厄介な立ち位置だね」
玲が肩をすくめる。
「正義でも悪でもない。
構造を知ってる側の、現場の人間」
真琴は、机の上の一枚の紙を指で押さえた。
父の名前が、はっきりと印字されている。
「だからこそ、使える」
顔を上げる。
その目には、迷いがなかった。
「久我が伏せた名前。
木津さんが知っていて言えない構造。
警察内部で“事故”として処理された経路」
澪が小さく息をのむ。
「……全部、表に出す?」
「違う」
真琴は首を振った。
「“正しい形”でじゃない。
“相手が一番困る順番”で」
玲が口角を少しだけ上げる。
「なるほど。
正面突破じゃなく、包囲網」
燈は腕を組んだまま、低く言った。
「その場合、久我は――敵にならないか?」
少しの沈黙。
真琴は、迷わず答えた。
「ならない」
断言だった。
「彼は、線を越えない人間だ。
越えられないんじゃない。
越えないと決めてる」
その言葉に、澪が静かに頷く。
「だから、名前を伏せた」
「そう」
真琴は資料をまとめ、立ち上がった。
「次は、警察じゃない場所から行く。
父の事件を“捜査対象”としてじゃなく、
“管理された失敗例”として扱った部署」
玲が即座に理解する。
「内部監査の外注先。
名前だけ出てたところね」
「そこから、逆に辿る」
真琴は扉に手をかけたところで、一瞬だけ立ち止まった。
「黙らないって言った」
振り返らずに、続ける。
「それは、叫ぶって意味じゃない。
――使うってこと」
夜の探偵社に、静かな決意だけが残った。
その頃。
警察庁舎の外階段で、久我は煙草に火をつけず、指で潰した。
頭の中に浮かぶのは、真琴の声だった。
「全部、理解した上で、使います」
短く、笑う。
「……やれやれだ」
逃げ場は、もうない。
だが――それでいい。
線の内側にいる者が、
線を引いた責任から逃げることはできないのだから。