テラーノベル
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晃司の手に首根っこを掴まれたまま、遥は畳の上に引き出された。
食卓の真ん中――逃げ場のない場所。
親戚の視線が、熱湯のように肌へ刺さる。
「昨日の件、話す気はないんだな?」
晃司はわざと淡々とした声を出した。
沙耶香が続ける。
「“裸で走り回った”って……あんた、自覚あるの?」
そして怜央菜が、笑いながら茶碗を置く。
「病気なんじゃないの、ほんとに。こうやってるとさ、可哀想ってより“ほら、やっぱり”って感じだよね」
(……違う。全部、嘘なのに)
(言えない。言ったら……もっと、終わる)
遥は唇を噛んだまま、何も言えない。
そこで、叔父が粗い声をあげる。
「黙ってるってことは、やったんだろ。普通、否定するだろうが」
「まったく……本当に恥ずかしい子ね」
「晃司、ちょっと見てやりなさい。“人前でみっともないことをしない”って教えないと」
大人たちの“指示”に、兄弟の口元が揃って綻ぶ。
晃司が手を離し、代わりに肩を押さえつけた。
「遥。昨日のこと、大人たちにちゃんと言え」
低く、穏やかに見える声――しかし中身は鋭利な鉄。
「……言え、って……なにを……」
苦しげに絞り出す遥へ、颯馬がすかさず口を挟む。
「嘘でも本当でもいいよ。どうせお前は口で言われたことしかできないんだから。
“裸でいたいって自分で言った”とか、“裸で人前に出るのが好き”とか、なんでもさ」
(殺す気か、お前……そんなこと言ったら……もう戻れないだろ)
沙耶香がふわりと髪を払って言う。
「あんた、昨日いとこたちに下品なこと言ったらしいじゃない。
『服なんか要らない』って。ほんと最低」
遥は反射的に首を振る。
「言ってない……俺、そんな……」
声は震えて途中で消えた。
その瞬間、大人側が一斉に“責める側”へ回る。
「言ってない? なら誰が嘘つくって言うの」
「全員が同じこと言ってるのよ?」
「自覚がないとか、余計に問題じゃない」
晃司が遥の顎を乱暴に掴んだ。
「やめろよ。否定なんかさせたら可哀想だろ、いとこたちが」
兄の声は、優しいふりの毒そのものだった。
「遥。『昨日のは自分が悪い』って、一言で終わる話だ」
強制の言い方。逃げ場などない。
(……言いたくない)
(でも、ここで言わなきゃ……何されるかわからない)
(……いや。もう、何されても同じか)
遥は喉を震わせ、ほとんど息のような声で言った。
「……俺が……悪い……です……」
その瞬間、場が“納得”で満たされる。
大人たちの嫌悪が確信へ変わる。
「ほら、やっぱりじゃない」
「晃司も大変ね、弟がこんなんで」
「沙耶香ちゃんも怜央菜ちゃんも可哀想よ。家の恥よこれ」
兄弟はその言葉を聞いたとき、まるで“褒められている”ように静かに微笑む。
そして、仕上げの“躾”が始まった。
「じゃ、ケジメつけようか」
晃司が言った。
怜央菜が椅子を蹴って立つ。
「人前で裸になるのが好きなんでしょ? じゃあもう一回やっときなよ。ここで」
食卓が凍りつく。
大人たちは困惑ではなく、“期待”と“正当化”で黙って見ている。
「は? やめなさいよそんな……」
と形式だけ言う叔母の声も、
「まあ、やらせれば二度とやらないでしょう」
という叔父の声で飲まれた。
颯馬が遥の腕を掴んだ。
「立て。ほら。“昨日みたいに”しろ。
言い訳しないで。大人の前でちゃんと反省しろよ」
沙耶香が嘲るように言う。
「“裸でいたいんです”って昨日言ったんでしょ? なら証明しなよ。ここで」
(違う。違うのに)
(なんで……みんな……俺の言葉より、嘘を信じる……)
(晃司たちは……全部わかってるくせに……)
遥は立たされ、腕を押され、膝が震える。
「声が小さい。言い直せ」
晃司の命令が落ちる。
「……俺は……裸でいたい……です……」
喉が焼けるようだった。
「聞こえない」
怜央菜が、笑いながら近づく。
「もっと“好きな理由”言えば?
みんなに迷惑かけたんだから、誠意見せないと」
遥は拳を握り、唇を噛んだ。
(殺したい……なんて思わない)
(そんな力、俺にはない)
(ただ……消えたい……)
――その瞬間。
晃司が、平手で遥の頬を思いきり打ちつけた。
乾いた音が畳に弾ける。
「“ごめんなさい”は?」
「“二度としません”は?」
「“俺が全部悪いです”は?」
兄弟の声が次々浴びせられ、
大人たちが静かに頷き、
いとこたちは笑い、
場の全員が“躾を見守る立場”へ変わっていた。
遥の声は涙と息の境界でこわれた。
「……ごめ、んな……さい……
……全部……俺が悪い……です……」
その瞬間、大人たちは満足げに息をつく。
「まあ……反省してるならいいんじゃない?」
「晃司たちが見てくれてるし、安心ね」
晃司は遥の肩を押して座らせ、
――まるで何事もなかったように席へ戻った。
「よし。朝飯の続きしようか」
その言葉で、食卓の会話はふつうの日常へ戻る。
だが遥は、床に座り込んだまま、呼吸がまともにできなかった。
(……どこまで、落とされるんだ俺は)
(今日、あと何回……俺は“人間じゃない”って言われるんだ)
答えは、まだ始まってすらいなかった。
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