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オレンジタイフーン
眠狂四郎
放課後。
人が減った教室は、音が軽くなる。
机に肘をついたまま、生徒が言う。
「褒められると、無理なんです」
遥はノートを閉じる。
「何が」
短く。
「全部です」
間。
「“すごいね”とか、“頑張ってるね”とか」
視線は窓の外。
「言われた瞬間に」
一拍。
「嘘だなって思う」
静かに続ける。
「あと」
少しだけ言いにくそうに。
「気持ち悪い」
沈黙。
遥は顔を上げない。
「どっちが」
短く。
「言葉? 言ってる人?」
生徒は少し考える。
「……自分かもしれないです」
遥は何も言わない。
「受け取れない感じが」
一拍。
「なんか、変で」
教室の空気が止まる。
遥が言う。
「慣れてないだけだ」
短く。
生徒は首を振る。
「いや、違うと思います」
少し強めに。
「小さい頃から言われてきてるし、普通にあるじゃないですか、褒められるのって」
間。
「でも、ずっと無理で」
遥は少しだけ視線を向ける。
「内容は覚えてるか」
生徒は止まる。
「え」
「褒められた内容」
一拍。
「具体的に」
沈黙。
「……あんまり」
小さく。
「覚えてないです」
遥は頷かない。
「だろうな」
短く。
生徒は眉を寄せる。
「なんでですか」
遥は机に指を置く。
「中身を見てない」
一拍。
「ラベルだけ見てる」
生徒は黙る。
「“褒められた”っていうラベル。それだけで判断してる」
静かに言う。
「で、拒否する」
生徒は小さく息を吐く。
「……確かに」
少し考える。
「でも」
顔を上げる。
「中身見ても」
一拍。
「嘘っぽい時ありますよ」
遥はすぐに返す。
「ある」
短く。
「雑なやつは雑だ」
教室にわずかに空気が戻る。
生徒が少し笑う。
「ですよね」
遥は続ける。
「だから分けろ」
一拍。
「全部を一括で拒否するな」
生徒は静かに聞く。
「雑な褒め方、具体的な褒め方」
指で机を軽く叩く。
「後者だけ拾え」
沈黙。
「具体的って」
生徒が言う。
遥は答える。
「どこが良かったか言ってるやつ」
一拍。
「行動が入ってるやつ」
生徒はゆっくり頷く。
「“優しいね”じゃなくて、“あの時こうしてくれたの助かった”みたいな」
遥は短く頷く。
「それは事実に近い」
教室が少し落ち着く。
「……でも」
生徒は言う。
「それでも」
一拍。
「受け取るの、なんか怖いです」
遥は少しだけ間を置く。
「信用になるからな」
短く。
生徒は止まる。
「え?」
「受け取るってことは」
一拍。
「相手を少し信じることになる」
沈黙。
「それが怖いだけだ」
生徒は何も言えない。
「……ああ」
小さく。
「それ、かも」
視線が揺れる。
遥は続ける。
「だから」
一拍。
「全部信じなくていい」
机を軽く叩く。
「一個だけ拾え」
生徒は顔を上げる。
「一個」
「全部じゃなくていい」
短く。
「一個、事実っぽいやつを選んで」
一拍。
「それだけ受け取れ」
教室に静かな空気が戻る。
「……それなら」
生徒は呟く。
「できそうです」
少し笑う。
「全部無理だったから、一個なら」
立ち上がる。
「今度、ちゃんと聞いてみます」
遥は何も言わない。
生徒は教室を出る。
足音は軽くはないが、止まってもいない。
褒め言葉は全部嘘じゃない。
ただ、選び方を知らなかっただけだ。