テラーノベル
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「遥、こっち来い。始めるぞ」
腕をつかまれ、乱暴に立たされる。
逃げようとしたわけでもないのに、背中へベルトが叩きつけられた。
乾いた音が教室に響く。
「反抗した設定なんだから、ビビってる顔の方がいいって。ほら、下向くな」
髪をつかまれ、無理やり顔を上げさせられる。
「落札者に“状態説明”しないと。ほら、言え。“……今日も、言うこと聞きます……”って」
遥は唇を噛んだが、背中の痛みがじんじんと脈打つ。
耐えた声は震えて出てくる。
「……きょうも……いう……こと、ききます……」
「ほら見ろよ。これ。弱っw 完璧じゃん」
「じゃ、位置つけ。床。そこに座らせて、怯えた感じで」
肩を押され、膝が崩れ、床へ沈む。
スマホのライトが一斉に向けられる。
逃げ場のない“ステージ”のようだった。
教室の明かりは落とされ、スマホの小さな画面だけが点々と光っている。
檻は昨日よりしっかり組まれていた。
鉄の匂い、金属の冷たさが周囲を支配している。
あのときと同じ顔ぶれが集まり、中央で高科が悠然と配信を立ち上げる。
画面の上でコメントが流れ始める。
《今日の使用動画きたー》
《落札者、手早いな》
《檻映せ》
《動作チェックしろ》
「今日は“初回使用”だ。反応確認と耐久テスト。いいな、皆」
高科の声はいつもの薄い皮肉で、けれど裏に緊張と興奮が混ざっていた。
俺は檻の前に立たされる。
身体は昨日の痛みでまだ重い。
背中の痣が少し盛り上がっているのが、鉄格子の隙間から見えた。
誰かがベルトを振る。革の端が光を掠める。
「さっそく行くぞ。まずは“姿勢補正”」
高科が合図すると、何人かが俺を押し込んだ。狭い檻の中で膝を折り、背中を丸める。呼吸は浅くなる。扉がガチャンと閉まる音がして、画面に小さな反射が走る。
《いい位置だ》
《アップ来い》
《泣き顔もっと》
「まずは基本の命令。声が届くか試す」
誰かがマイク代わりのスマホを近づける。レンズが嫌になるほど近い。
「言え。『従います』」
言葉が出ない。出すとき、喉が裂けそうな気がした。出したら出したで、それが動画の素材になるだけだということも知っている。
「……従います」
声は紙切れのように薄く丸まる。コメントが流れる。
《いいね》
《もっと声張れ》
《高評価》
「次、“耐久チェック”だ」
高科が指示する。
誰かがベルトを手に取り、檻越しに革を振るわせる。
空気を切る音が近い。
最初は軽く、次第に強く。
皮膚を打つたび、火のような刺激が背を走る。
息が小さく飛ぶ。
檻の鉄が冷たく、痛みは現実だった。
「声で反応を確認するから、泣け。泣いたらより伸びる」
「……やめてくれ」
思わず漏れた声は、そのまま画面に配信される。誰かが笑う。
《泣いた》
《いい素材》
《もっと壊せ》
#執着攻め
𝐋𝐢𝐜𝐡𝐭
#推しカプ
ベルトの先がさらに強く叩きつけられ、俺の腹に力が入らない。
檻の輪郭に顔を擦り付けられて、唇が切れたのか苦い味が口に広がる。
泣こうとしても、涙が出るたびに喉の奥が焼けるようで、声が出しにくい。
けれどコメントは躊躇なく書き込まれる。
「反応、いいな。次は“従順確認”のセクションだ。喋らせろ」
高科が落札者のコメントを読み上げる。
《“喋らせて『はい、ご主人様』って言わせて”》
心臓が跳ねる。
言葉の意味は分かる。
けれど俺には、その言い回しがただの命令でしかなかった。
喋れば喋ったで、それが切り取られ、ずっと残る。
喋らなければ“反抗”に仕立てあげられる。
二択のどちらも“負け”だと分かっている。
「言え」
声は冷たい。隣にいる奴が檻を軽く蹴る。スマホが近づき、レンズの上でコメントが転がる。
「……はい……ごしゅ……ご主人……様」
言葉は震え、噛み合わない。
画面の向こうで誰かが歓声を上げ、誰かが嘲笑する。
コメントは洪水のように続く。
《来た》
《最強》
《実況しながら入札いくわ》
そして、落札者からのメッセージがリアルタイムで届く。
数字と指示。
配信は「双方向」の暴力になっていた。
《もっと耐久。三発くらい踵に入れて》
《そのあと立たせて恥を見せろ》
《最後に床に這わせ》
高科が微笑みを浮かべる。
彼らは指示を選ぶ遊び手ではなく、視聴者と一体になって俺を動かす実行者だ。
俺は指示ごとに動かされ、檻の中と外で命令が飛び、スマホのライトが顔を貫く。
「はい、次。檻から出して、“這わせ”」
檻越しに手が伸び、力任せに引き出される。
床に膝をつかせられ、鐙のように手をつかれた。
這う。
恥ずかしさと痛みが同時に襲い、頭が真っ白になる。
誰かの足裏が背中に落ちて、笑い声が飛ぶ。
《もっと下品に》
《口で拭かせろ》
《表情寄せて》
指示はエスカレートしていく。
俺の身体は彼らの手によって「反応」を出す道具になり、顔はスマホに向けられ、コメントはその顔を評価する採点表になった。
途中で、落札者のアカウント名が大きく表示された。
スクリーンネームだけで、教室の空気がぴたりと変わる。
高科がわざと声高に読み上げる。
「トップ入札者、《kuro-○○》。今日の“初回使用”はこの方のリクエスト優先で進めます」
その瞬間、誰かが拍手し、誰かが鼻で笑った。
落札者の権利が、教室の中で確認される。
俺はただ、命令に従うしかなかった。
最後に、ベルトがもう一度振られる。
鋭い一撃が肩に当たり、息が飛ぶ。
誰も手を差し伸べない。
スマホのライトに照らされた俺の顔は、いつの間にか虚ろになっていた。
コメントはさらに高評価を送る。
《最高の耐久》
《明日も見る》
《保存して永久保存》
配信が続き、編集された映像はすぐさま拡散する。
俺の「初回使用」は、記録され、分割され、切り売りされる。
教室の中の笑いはまだ終わらない。
高科の声がスピーカーのように響く。
「いいね、これで“使用動画第1弾”は完成だ。落札者、満足か?」
拍手とスマホのシャッター音。
落札者から“満足”の通知が来ると、誰もが肩をすくめ、いつもの日常に戻るふりをする。
俺は床に座り込み、空いた手で血をぬぐった。
痛みは抜けない。
屈辱は残る。
だがもっと怖かったのは、これが“始まり”だということだ。
檻の影の中で、俺は小さく呟く。
誰にも聞こえないはずの声で。
「……もう……終わんねぇのか」
だれかがスマホを差し出し、俺の声を捕えた。
コメントがまた流れる。
誰も止めない。止められない。
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