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𝐚𝐨𝐢
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朝から、空気が違った。
校舎に入った瞬間、ざわつく声が遠くでまとまって聞こえる。俺が歩く方向にだけ、人の動きが不自然に開いて、すぐに閉じる。昨日配信された“使用動画第1弾”の影響は、思っていたよりも速く、広く、深く浸透していた。
階段を上がりきる前に、誰かが俺の肩を押した。
反動で手すりにぶつかり、息が詰まる。
「おい、見ろよ。ほんとに学校来てんじゃん、奴隷」
笑い声が階段の踊り場から落ちてくる。三人。見慣れた陽キャ男子。手にはスマホ。動画再生の明るい光が、俺の顔を照らした。
「昨日より元気じゃね? “耐久テスト2日目”いけるだろ」
掴まれた腕を振りほどけないうちに、拳が飛んだ。頬の内側を噛んで、血の味が広がる。殴っては、確認するようにスマホを覗き、また殴る。昨日の配信を“基準”にして暴力が行われているのが分かった。
「ほら、“こいつ昨日これくらいで泣いたぞ”ってコメあったじゃん」
ベルトが視界を横切る。革の軋む音だけで、呼吸が止まりそうになる。
階段の影で振り下ろされる。背中に一本。脇腹に一本。痛みが内側まで突き刺さる。
「声、出せよ。昨日はちゃんと出てたよな? なあ、言ってみろよ」
言えない。喉が強張る。
言葉を拒否すると、殴打が増える。
言えば、動画の続編にされる。
「……や、め……」
「弱っ。ほら、返事の練習。“従います”って言え」
命令の強制が始まる。
教室でやらされた“人格破壊”が、今や廊下でも階段でも普通に求められている。
「……従……い……ます」
言った瞬間、誰かが歓声を上げた。
「やっぱ動画と同じ声出すじゃん。 お前さ、学校でも同じこと言うの、マジでウケるんだけど」
その声が、授業開始前のざわつきに溶ける。
誰も止めない。見ている生徒は、笑うか、無言でスマホを向ける。
教室に入ると、拍手が起きた。
嘲りではなく、本当に“演出された拍手”だった。
「本日の“奴隷さん”ご到着でーす」
美桜の声が、教室の中心で響いた。
彼女の周りには女子グループがいて、全員スマホを構えている。
映すのが当たり前になっていた。
「昨日の動画、クラスLINE全部に回ったよ。すごい再生数だったね」
誰かが椅子を蹴って俺の前に落とす。
「ほら、跪くやつやれよ。動画のシーン。覚えてる?」
拒む隙はない。蹴られた脛が痛みで震え、膝が勝手に床につく。
座り込んだ瞬間、クラスの空気が“期待”で膨らんだ。
「じゃ、返事。“はい、ご主人様”」
美桜の声音は、柔らかいのに冷たい。
昨日の落札者のコメントを完コピして言わせてくる。
言ったら終わりだ。
言わなくても終わりだ。
「……はい……ご主人……様」
途端に拍手、笑い、シャッター音。
「男子より素直じゃんw」
「ねえこれ録っていい? “朝のあいさつ編”にしたい」
「制服のままのほうが“学校感”あって伸びるよ」
女子たちの声が飛ぶ。
俺は人じゃなく、“消費しやすい素材”の扱いだった。
二時間目の移動教室。
歩くたび、誰かの足が俺の足首を引っかけ、誰かの肩がわざとぶつかり、誰かが背中を叩く。
叩くというより、確認するような“ルールに沿った行為”だった。
「ほら、昨日の“這う動画”のシーンあったよな? やれよ」
「いいから這えって。撮るから」
拒否した瞬間、後頭部を壁に叩きつけられた。
視界が揺れる。誰かの笑い声。
生徒が行き交う廊下で、これを見ているのに、誰も止めない。
止めるどころか、遠巻きにスマホを構える生徒さえいた。
「マジで学校全体で企画できそうじゃね?」
「昼休みに“公開命令ショー”しよ」
「“人格破壊回”の続き撮れるじゃん」
会話の内容が、俺の“扱い”を前提にしている。
もう“誰が加害者”とかではなかった。
空気そのものが、俺を奴隷として扱う方向へ動いている。
三時間目の前。
黒板の前に立たされ、クラス全員の前で、美桜が俺の顎を上げた。
「ほら。喋って? 昨日のより、もっと壊れた声で」
「……もう……やめ……」
「違う。“やめてください”だよ。丁寧に言わないと、奴隷としての“価値”下がるって、昨日言われてなかった?」
心臓がすとんと落ちるような感覚。
言えば壊れる。
言わなくても壊される。
「……やめて……ください……」
言った瞬間、女子全員の笑いが弾けた。
男子の誰かが後ろから背中を蹴る。
「完成。ほら、今の表情めっちゃ良い」
シャッター音が降り注ぐ。
学校全体の空気は、完全に“構造化された地獄”になった。
逃げ場がひとつもない。
帰っても、学校でも、動画でも、空気でも──全部が俺を締め付けてくる。
そして頭のどこかで理解している。
これはまだ前哨戦で、終わりはない。