テラーノベル
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扉がきしむ音がして、部屋の空気が変わった。
「……こんな所にいたのか」
低い声だった。
叔父でも叔母でもない、遠縁の親戚。冠婚葬祭で顔を合わせる程度の、大人。
遅れて来たらしく、何が起きているかは“もう聞いてきた後”の顔をしている。
いとこたちは一瞬だけ視線を交わし、面白くなさそうに一歩下がった。
「俺は殴らん。蹴りもしない」
そう前置きしてから、視線だけを遥に落とす。
鎖も、結束バンドも、見ている。
だがそれを咎める様子はない。
「……事実確認だ」
静かな声。
責めても、怒ってもいない。
だからこそ、余計に逃げ場がない。
「本当に、触れたのか?」
遥の喉が鳴る。
(違う、って言える空気じゃない)
「……触れてない、です」
掠れた否定。
親戚の目がわずかに細まる。
「じゃあ、なぜああ言われた?」
遥は唇を噛んだ。
理由を言えば、いとこたちがまた騒ぐ。
言わなければ、“黙秘=認めた”になる。
「……わからない」
「わからない、で済む話じゃないだろう」
声は淡々としている。
正しさを装った剣だ。
「服が汚れていたな。あれはどうした」
(そこ、か)
遥の肩がわずかにすくむ。
「……服、隠されて……」
「誰に」
一拍、間が空く。
遥は、いとこたちの方を見ない。
ただ床を見る。
「……いとこ、です」
短い沈黙。
その沈黙のあいだ、誰も何も言わない。
助けも、遮りも、ない。
「服は洗えなかったのか」
その質問は、責めにも聞こえない。
ただ、“当然あるはずの選択肢”を示すような言い方だった。
(だって、洗ったら)
(“汚したこと”を認めることになる)
(そもそも、洗う時間なんて……)
言葉にできない思考が胸の中を詰まらせる。
「……洗うと、怒られると思って」
正直な答えだった。
親戚は小さく息を吐いた。
「そうか」
それだけ。
否定も、肯定も、しない。
いとこがくすりと笑う。
「ほら。自分で怒られるってわかってたんじゃん。自覚あるなら一緒でしょ」
親戚はそれを制止しない。
だが、同調もしない。
「俺にできるのは聞くことだけだ」
そう言って、遥に視線を戻す。
「お前が本当にやったかどうかは、もう周りは決めている」
冷たい事実の提示。
「大事なのは、“そう見られる行動をしたか”だ」
(……違う)
(でも、違うって言うほど、悪くなる)
遥はうつむいたまま、何も答えなかった。
親戚は数秒それを待ち、やがて立ち上がる。
「わかった。俺からはそれだけだ」
助言も、救済も、ない。
ただ“確認した”という事実だけが残る。
去り際に、もう一度だけ言った。
「……耐えるしかない場所も、ある」
それが慰めでないことを、彼自身もわかっている声だった。
扉が閉じる。
残された空気が、いっそう冷たく沈んだ。
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