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親戚が去った直後、空気が一変した。
さっきまでの抑制が嘘のように、
いとこたちの顔に、遠慮のない笑みが戻る。
「今の、聞いた?」
「“洗えなかった”だって」
「つまりさ──」
言葉は明示されない。
だが、解釈はひとつに揃えられていく。
「後ろ暗いことがあったから」
「触って、見て、欲情して」
「それを隠そうとした」
誰が最初に言い切ったかは、もう重要じゃない。
物語は“そういうもの”として共有され始める。
(違う)
遥の喉が動く。
(違う……違う……)
でも、口を開いた瞬間、
それは“言い訳”というカテゴリに押し込まれるのを、
遥はもう知っていた。
「おじさんもさ、否定しなかったよね?」
それは致命的だった。
“助けなかった”という事実が、
“疑いを認めた”に変換される。
「大人は見るとこ見てるんだよ。俺らより、ちゃんと」
論理ではない。
だが、この場では“正しさ”として機能する。
晃司が壁にもたれたまま言う。
「なぁ、実際触ったかどうかなんてさ。もう関係ないだろ」
遥の心臓が、どく、と跳ねる。
「問題は“そう見られる行動をした”ってことだ。それをした時点で、もうアウトなんだよ」
沙耶香が静かに続ける。
「被害者が『嫌だった』って言えば、終わり。あなたが違うって思っても、意味ないの」
怜央菜は、視線だけを遥に投げる。
「……昔から、そういう空気読めないとこあったし。誤解される動き、平気でするもんね」
(誤解、じゃない)
(作られてる)
でも、その区別は、今はもう通用しない。
颯馬は黙ったまま、床を見ている。
その沈黙すら、“連帯”として数えられる。
「触られた、って言ったけどさ」
いとこの一人が、思い出すように付け足す。
「正確には、触られ“そうになった”んだよね。視線が気持ち悪くて。逃げたら、後ろから近づいてきて」
遥の頭が真っ白になる。
(そんな……場面……)
記憶を探る。
存在しない場面を否定するために。
だが、嘘は記憶よりも具体的だ。
「で、あの祠の裏でしょ?」
「一人で行ってたじゃん」
「何してたのって感じ」
点と点が、勝手に繋がれていく。
“一人だった理由”
“服が汚れていた事実”
“洗わなかった判断”
全部が、欲望の証拠として再構成される。
(……洗わなかったのは)
(怒られると思ったからだ)
(でも、それを言うほど……)
遥は黙る。
黙ることで、
また一段、物語が“確定”する。
誰かが言った。
「もういいでしょう」
「これ以上聞いても、本人が認めないだけ」
それは“これ以上の審理不要”という宣告だった。
「だったら、躾よ。同じことを二度と起こさせないための」
遥の背筋に、冷たいものが走る。
(……最初から、結果は決まってた)
(聞くためじゃない)
(“確定させる”ための時間だった)
大人の声が落ちる。
「反省してるなら、態度で示しなさい」
「言葉じゃなくて」
その瞬間、
遥という人間は「子」でも「被疑者」でもなく、
“矯正対象”に変わった。
(俺は……)
(何をしたことに、なってるんだ)
(触ってない)
(見てもない)
(隠れてもない)
(……でも)
(“そういう役”として、ここに置かれてる)
理解だけが、はっきりしていく。
(逃げたくても)
(違うって言っても)
(この家では)
(真実より、都合のいい話が勝つ)
遥は、俯いたまま、何も言わなかった。
その沈黙は、
冤罪が完成した瞬間の、最後のピースだった。