テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
親戚が去った直後、空気が一変した。
さっきまでの抑制が嘘のように、
いとこたちの顔に、遠慮のない笑みが戻る。
「今の、聞いた?」
「“洗えなかった”だって」
「つまりさ──」
言葉は明示されない。
だが、解釈はひとつに揃えられていく。
「後ろ暗いことがあったから」
「触って、見て、欲情して」
「それを隠そうとした」
誰が最初に言い切ったかは、もう重要じゃない。
物語は“そういうもの”として共有され始める。
(違う)
遥の喉が動く。
(違う……違う……)
でも、口を開いた瞬間、
それは“言い訳”というカテゴリに押し込まれるのを、
遥はもう知っていた。
「おじさんもさ、否定しなかったよね?」
それは致命的だった。
“助けなかった”という事実が、
“疑いを認めた”に変換される。
「大人は見るとこ見てるんだよ。俺らより、ちゃんと」
論理ではない。
だが、この場では“正しさ”として機能する。
晃司が壁にもたれたまま言う。
「なぁ、実際触ったかどうかなんてさ。もう関係ないだろ」
遥の心臓が、どく、と跳ねる。
「問題は“そう見られる行動をした”ってことだ。それをした時点で、もうアウトなんだよ」
沙耶香が静かに続ける。
「被害者が『嫌だった』って言えば、終わり。あなたが違うって思っても、意味ないの」
怜央菜は、視線だけを遥に投げる。
「……昔から、そういう空気読めないとこあったし。誤解される動き、平気でするもんね」
(誤解、じゃない)
(作られてる)
でも、その区別は、今はもう通用しない。
颯馬は黙ったまま、床を見ている。
その沈黙すら、“連帯”として数えられる。
「触られた、って言ったけどさ」
いとこの一人が、思い出すように付け足す。
「正確には、触られ“そうになった”んだよね。視線が気持ち悪くて。逃げたら、後ろから近づいてきて」
遥の頭が真っ白になる。
(そんな……場面……)
記憶を探る。
存在しない場面を否定するために。
だが、嘘は記憶よりも具体的だ。
「で、あの祠の裏でしょ?」
「一人で行ってたじゃん」
「何してたのって感じ」
点と点が、勝手に繋がれていく。
“一人だった理由”
“服が汚れていた事実”
“洗わなかった判断”
全部が、欲望の証拠として再構成される。
(……洗わなかったのは)
(怒られると思ったからだ)
(でも、それを言うほど……)
遥は黙る。
黙ることで、
#いんく
にてこ
785
また一段、物語が“確定”する。
誰かが言った。
「もういいでしょう」
「これ以上聞いても、本人が認めないだけ」
それは“これ以上の審理不要”という宣告だった。
「だったら、躾よ。同じことを二度と起こさせないための」
遥の背筋に、冷たいものが走る。
(……最初から、結果は決まってた)
(聞くためじゃない)
(“確定させる”ための時間だった)
大人の声が落ちる。
「反省してるなら、態度で示しなさい」
「言葉じゃなくて」
その瞬間、
遥という人間は「子」でも「被疑者」でもなく、
“矯正対象”に変わった。
(俺は……)
(何をしたことに、なってるんだ)
(触ってない)
(見てもない)
(隠れてもない)
(……でも)
(“そういう役”として、ここに置かれてる)
理解だけが、はっきりしていく。
(逃げたくても)
(違うって言っても)
(この家では)
(真実より、都合のいい話が勝つ)
遥は、俯いたまま、何も言わなかった。
その沈黙は、
冤罪が完成した瞬間の、最後のピースだった。