テラーノベル
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店内は、いつも通り明るい。
でも、席の配置だけが少しだけ違った。
ナナはそれに気づいている。
気づいているけど、顔には出さない。
「今日、混んでるね」
軽い調子で言いながら、グラスを置く。
真正面の男が笑う。
「人気じゃん」
冗談めいた声。
距離が近い。
わざと近い。
ナナは笑う。
少しだけ肩を引く。
引いたことは悟らせない。
そのとき。
「こんばんは」
静かな声が、横から入る。
ナナは振り向く。
ほんの一瞬だけ、反応が遅れる。
――来た。
「久しぶりですね」
言葉は普通。
声も普通。
でも、少しだけ温度が違う。
軽い男が、その空気を拾う。
「あれ、知り合い?」
「うん、前から来てくれてる人」
曖昧に返す。
曖昧にしか返さない。
静かな男は、席に座らない。
少し離れた位置で、様子を見る。
いつも通り。
けれど今日は、そこにもう一人いる。
カウンター側。
視線だけで状況を読んでいる男。
ナナがグラスを持ち替えるタイミング。
誰の話を優先するか。
誰に身体を向けるか。
全部、見ている。
ナナは気づく。
気づくけど、無視する。
「ちょっと待っててね」
軽い男に言う。
そのまま静かな男の方へ一歩。
距離は近づけない。
でも、近づかないわけでもない。
その中間。
「今日、来ると思わなかった」
「うん。たまたま」
嘘だと分かる。
でも、追及しない。
「忙しそう」
「いつも通りだよ」
言いながら、視線だけが動く。
軽い男の方。
カウンターの方。
また戻る。
静かな男はそれを見ている。
見ているけど、何も言わない。
「…席、どうする?」
ナナが聞く。
「空いてるところでいい」
その答えが、一番困る。
軽い男が手を上げる。
「ここ座れば?」
笑ってる。
軽い調子。
でも、引かない。
ナナの一瞬の沈黙。
それを、カウンターの男が見ている。
ほんのわずか。
本当にわずか。
ナナの声のトーンが変わる。
「じゃあ、少しだけ」
静かな男が座る。
三人になる。
距離は保たれている。
でも、完全には保たれていない。
軽い男が話を振る。
静かな男は短く返す。
ナナは両方に合わせる。
完璧なバランス。
――でも。
グラスを置くとき。
静かな男の前だけ、
ほんの少しだけ丁寧になる。
それを、
軽い男は気づかない。
カウンターの男は気づく。
ナナ自身も、
たぶん気づいていない。
しばらくして、
ナナが席を外す。
バックヤード。
ドアを閉める。
一瞬だけ、息を吐く。
「……やば」
小さく呟く。
何がやばいのか。
自分でも分かっている。
戻ると、
席の空気は変わっている。
静かな男と軽い男が、
穏やかに話している。
穏やかすぎる。
その少し離れたところで、
カウンターの男がグラスを回している。
視線だけで、全部分かっている顔。
ナナは笑う。
仕事の顔。
でも、
胸の奥だけが少しうるさい。
恋愛って、
こんなに静かだったっけ。
――いや。
静かな方が、
たぶん、逃げられない。
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