テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
本家の玄関をくぐった瞬間から、空気が変わっていた。
暖房の効いた広い座敷には、親戚たちがもう集まっており、誰もが笑いながらも、遥を見る目だけは妙に冷ややかだった。
「……ああ、来たのね」
叔母の一人が、コートを脱ぐ前の遥を見て、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。
すぐに笑顔に戻したが、その“間”は、遥にも、他の親戚にもはっきりと伝わっていた。
「相変わらず暗いわね、この子」
「何をしても冴えないのねぇ」
「沙耶香ちゃんは華があるのに、どうしてこっちはこうなのかしら」
声は小さい。けれど確実に聞こえる。
遥は「俺は別に……」と言いかけて、やめる。言ったところで何も変わらないと知っていた。
食事は大きな円卓。
十数人の視線が交錯する場で、遥だけが静かに箸を動かしていた。
周囲の会話は賑やかで、笑い声も大きいのに、彼の席の周囲だけ温度が低い。
「ほら、遥。食べ方が汚い。下向いて食べないの」
叔母のひとりがわざと大きな声を出して注意する。
みんなが一斉にこちらを見る。
「べつに……普通に食ってるだけだろ」
小さく反論すると、遠くの席からいとこが叫んだ。
「出た、“反抗期ごっこ”。似合わねぇ〜!」
笑いが起きる。
遥は唇を噛み、何も言わず俯く。
食後。
大人たちが別室へ移動し始め、酒を注ぎ合う声が遠くに流れる頃。
同年代のいとこ四、五人が、座敷の端に移った遥をぐるりと囲んだ。
兄弟(晃司・沙耶香・怜央菜・颯馬)はまだ別の部屋で大人と話していて、この場にいない。
だからこそ、いとこたちはやりたい放題だった。
むしろ、兄弟がいない時間こそ、こいつを痛めつけられるチャンスだと知っている。
「お前さ、今年はどんな失敗したん?」
「学校でも地味なんだろ? 顔に書いてある」
「ほら、反応しろよ。無視すんなって」
遥は黙っていたが、肩を押され、背中を蹴られ、小突かれる。
「……やめろよ。くだらねぇ」
遥が言うと、いとこたちが揃って笑い出した。
「うわ、何それ。イキってんの?」
「お前が反抗すると笑えるわ〜」
「じゃあ、どこまで我慢できるか試そっか」
一人が遥の肩をつかみ、強く壁へ押しつけた。
鈍い音がする。
「痛ぇなら痛ぇって言えよ」
「ほら、どうした“おとなしい子”」
遥は歯を食いしばる。
「……勝手に決めんな」
「は?なにその目。殴ってほしい?」
そう言った瞬間、拳が飛んできて、頬を打たれた。
衝撃で視界が揺れる。
唇の内側を切り、鉄の味がにじんだ。
「弱っ。ゴミかよ」
「殴りがいねぇんだよ、お前」
「もっと声出せよ。つまんねぇから」
遥は立ち上がろうとしたが、足を蹴られ、再び畳に倒れた。
「……何してんの?」
低い声が背後から落ちてきた。
振り向くと、晃司・沙耶香・怜央菜・颯馬が立っていた。
いとこたちは一瞬たじろぐが、すぐに笑みを浮かべる。
「ちょっと遊んでただけ。年に一回の恒例行事っしょ」
「そっちもどう?」
颯馬がいとこたちに軽く手を上げ、逆に遥の襟を掴んで引き起こした。
「……お前さ」
颯馬の声は妙に静かだった。
「親戚の前で恥さらすの、まだ足りねぇの?」
遥は息を整え、睨む。
「……俺は何もしてないだろ」
その一言で、場の空気が変わった。
晃司が笑いながら近づき、遥の頬を掴む。
力が強すぎて痛みが走る。
「“俺は何もしてない”ねぇ? その態度がもう問題なんだよ」
「そうやって被害者ヅラだけは一丁前」
沙耶香が吐き捨てるように言う。
怜央菜が、遥の胸を押してそのまま畳へ倒す。
「ほら、しつけの時間。静かにしとけ」
いとこたちは少し後ろで見物しながら、にやにやと囁き合う。
「ほら、今年も始まった」
「ここから兄弟劇場ね」
「こいつ、毎年ボコられてんだな」
晃司が遥の腹を蹴る。鈍い痛み。
颯馬が腕を押さえつけ、沙耶香が顔を上から見下ろす。
「言えよ、遥」
「“俺が悪いです”って」
「“殴られて当然です”って」
遥は息を荒くしながら、かすれ声で言う。
「……言わねぇ」
「お?」
颯馬が笑った。
「じゃあもっと分からせてやらねーとな」
拳が落ちる。
頬、腹、背中。
畳の上に音が小さく吸われていくたび、痛みが深く沈んでいく。
いとこたちは止めない。
むしろ笑っている。
「声出せよ、遥」
「泣かねぇのが逆にムカつくんだよ」
「早く謝れって」
遥は、殴られながらも、震える声で言う。
「……俺は……俺のまま、でいいだろ……」
その瞬間、晃司が表情を消した。
「──いいわけねぇだろ。お前なんか」
さらに蹴りが入る。
その日の“しつけ”は長く、誰も止めなかった。
大人たちの笑い声と、食器の音が遠くで続く中、
座敷の片隅だけが、別世界のように暗かった。