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本家の玄関をくぐった瞬間から、空気が変わっていた。
暖房の効いた広い座敷には、親戚たちがもう集まっており、誰もが笑いながらも、遥を見る目だけは妙に冷ややかだった。
「……ああ、来たのね」
叔母の一人が、コートを脱ぐ前の遥を見て、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。
すぐに笑顔に戻したが、その“間”は、遥にも、他の親戚にもはっきりと伝わっていた。
「相変わらず暗いわね、この子」
「何をしても冴えないのねぇ」
「沙耶香ちゃんは華があるのに、どうしてこっちはこうなのかしら」
声は小さい。けれど確実に聞こえる。
遥は「俺は別に……」と言いかけて、やめる。言ったところで何も変わらないと知っていた。
食事は大きな円卓。
十数人の視線が交錯する場で、遥だけが静かに箸を動かしていた。
周囲の会話は賑やかで、笑い声も大きいのに、彼の席の周囲だけ温度が低い。
「ほら、遥。食べ方が汚い。下向いて食べないの」
叔母のひとりがわざと大きな声を出して注意する。
みんなが一斉にこちらを見る。
「べつに……普通に食ってるだけだろ」
小さく反論すると、遠くの席からいとこが叫んだ。
「出た、“反抗期ごっこ”。似合わねぇ〜!」
笑いが起きる。
遥は唇を噛み、何も言わず俯く。
食後。
大人たちが別室へ移動し始め、酒を注ぎ合う声が遠くに流れる頃。
同年代のいとこ四、五人が、座敷の端に移った遥をぐるりと囲んだ。
兄弟(晃司・沙耶香・怜央菜・颯馬)はまだ別の部屋で大人と話していて、この場にいない。
だからこそ、いとこたちはやりたい放題だった。
むしろ、兄弟がいない時間こそ、こいつを痛めつけられるチャンスだと知っている。
「お前さ、今年はどんな失敗したん?」
「学校でも地味なんだろ? 顔に書いてある」
「ほら、反応しろよ。無視すんなって」
遥は黙っていたが、肩を押され、背中を蹴られ、小突かれる。
「……やめろよ。くだらねぇ」
遥が言うと、いとこたちが揃って笑い出した。
「うわ、何それ。イキってんの?」
「お前が反抗すると笑えるわ〜」
「じゃあ、どこまで我慢できるか試そっか」
一人が遥の肩をつかみ、強く壁へ押しつけた。
鈍い音がする。
「痛ぇなら痛ぇって言えよ」
「ほら、どうした“おとなしい子”」
遥は歯を食いしばる。
「……勝手に決めんな」
「は?なにその目。殴ってほしい?」
そう言った瞬間、拳が飛んできて、頬を打たれた。
衝撃で視界が揺れる。
唇の内側を切り、鉄の味がにじんだ。
「弱っ。ゴミかよ」
「殴りがいねぇんだよ、お前」
「もっと声出せよ。つまんねぇから」
遥は立ち上がろうとしたが、足を蹴られ、再び畳に倒れた。
「……何してんの?」
低い声が背後から落ちてきた。
振り向くと、晃司・沙耶香・怜央菜・颯馬が立っていた。
いとこたちは一瞬たじろぐが、すぐに笑みを浮かべる。
「ちょっと遊んでただけ。年に一回の恒例行事っしょ」
「そっちもどう?」
颯馬がいとこたちに軽く手を上げ、逆に遥の襟を掴んで引き起こした。
「……お前さ」
颯馬の声は妙に静かだった。
「親戚の前で恥さらすの、まだ足りねぇの?」
𝐚𝐨𝐢
遥は息を整え、睨む。
「……俺は何もしてないだろ」
その一言で、場の空気が変わった。
晃司が笑いながら近づき、遥の頬を掴む。
力が強すぎて痛みが走る。
「“俺は何もしてない”ねぇ? その態度がもう問題なんだよ」
「そうやって被害者ヅラだけは一丁前」
沙耶香が吐き捨てるように言う。
怜央菜が、遥の胸を押してそのまま畳へ倒す。
「ほら、しつけの時間。静かにしとけ」
いとこたちは少し後ろで見物しながら、にやにやと囁き合う。
「ほら、今年も始まった」
「ここから兄弟劇場ね」
「こいつ、毎年ボコられてんだな」
晃司が遥の腹を蹴る。鈍い痛み。
颯馬が腕を押さえつけ、沙耶香が顔を上から見下ろす。
「言えよ、遥」
「“俺が悪いです”って」
「“殴られて当然です”って」
遥は息を荒くしながら、かすれ声で言う。
「……言わねぇ」
「お?」
颯馬が笑った。
「じゃあもっと分からせてやらねーとな」
拳が落ちる。
頬、腹、背中。
畳の上に音が小さく吸われていくたび、痛みが深く沈んでいく。
いとこたちは止めない。
むしろ笑っている。
「声出せよ、遥」
「泣かねぇのが逆にムカつくんだよ」
「早く謝れって」
遥は、殴られながらも、震える声で言う。
「……俺は……俺のまま、でいいだろ……」
その瞬間、晃司が表情を消した。
「──いいわけねぇだろ。お前なんか」
さらに蹴りが入る。
その日の“しつけ”は長く、誰も止めなかった。
大人たちの笑い声と、食器の音が遠くで続く中、
座敷の片隅だけが、別世界のように暗かった。