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その日の午後、凪の部屋のチャイムは、いつもより長く鳴り続けた。
扉を開けた瞬間、凪は少しだけ眉をひそめる。
そこに立っていたのは沙希だけではなかった。
沙希の後ろには三人の女がいて、皆が興味深そうに部屋の中を覗き込んでいた。
誰一人として遠慮する様子はなく、むしろ遊びに来た場所が正しいか確かめるような、気軽で無遠慮な視線だった。
「ここ?」
一人が言う。
「うん、ここ」
沙希は軽く答え、凪の横をすり抜けて部屋の中に入る。
凪が何か言うよりも先に、彼女は靴を脱いでしまっていた。
後ろの三人もそれに続く。
部屋に入った瞬間、彼女たちの視線は自然と凪へ集まった。
最初に小さく笑ったのは、沙希の隣に立っていた女だった。
「ほんとにいるんだ」
まるで噂を確かめに来たみたいな言い方だった。
凪は何も返さない。
ただ黙って、扉を閉める。
部屋に四人の女が入ると、急に空気が変わる。
凪が普段一人で過ごしている空間は、彼女たちの笑い声と視線で簡単に占領されてしまった。
ソファに二人、床に一人が座り、残った一人は立ったまま部屋の中を見回している。
視線が、ゆっくり凪の方へ戻る。
「この人?」
誰かが訊く。
沙希はソファに腰を下ろしながら、凪の方をちらりと見た。
「うん」
それから少し考えて、
「蒼の友達」
と言った。
だがその言い方には、どこか曖昧な笑いが混ざっていた。
「友達なんだ」
女の一人が言う。
「まあ」
沙希は肩をすくめる。
「そんな感じ」
それ以上の説明はしない。
だがその曖昧さだけで、女たちは十分に何かを理解したらしかった。
一人が立ち上がり、凪の前まで歩いてくる。
距離を詰められても、凪は動かない。
相手は凪の顔を少し覗き込み、それから振り返って沙希に言った。
「普通じゃん」
その言い方は、期待外れの品物を見るような調子だった。
沙希は小さく笑う。
「見た目はね」
それだけで、また笑いが起きる。
凪は台所の方へ戻ろうとしたが、その動きを女の声が止めた。
「ちょっと待って」
振り向く。
女は軽く顎で床を示した。
「座ってみて」
凪は一瞬だけ立ち止まる。
理由は分からない。
だが声の調子は命令というより、ただの遊びの提案だった。
だからこそ、逆に拒否する理由が見つからない。
凪は少しだけ間を置いてから、言われた場所に腰を下ろした。
床だった。
四人の女がソファや椅子に座ると、自然と凪だけが低い位置に残る。
視線が上から降ってくる。
その構図に最初に気づいたのは、沙希の隣に座っていた女だった。
「やば」
小さく笑う。
「ほんとに座った」
その言葉をきっかけに、部屋の空気が少しだけ軽くなる。
緊張ではなく、面白さの方向に。
「なんで?」
別の女が凪に訊く。
「嫌じゃないの?」
凪は少し考えたあと、静かに答えた。
「別に」
「ふーん」
その答えが逆に面白かったらしい。誰かが肩を揺らして笑う。
沙希は頬杖をついたまま、凪を見下ろしていた。観察するような目だった。
「ねえ」
女の一人が言う。
「なんで言うこと聞くの?」
凪は少し黙る。視線を床に落としたまま、しばらく考えてから答える。
「蒼が嫌がるから」
一瞬だけ、部屋が静かになった。
だがそれは長く続かない。すぐに誰かが吹き出し、それにつられて他の三人も笑い出す。
「なにそれ」
「意味わかんない」
「蒼ってそんな偉いの?」
質問は次々に飛んでくるが、凪はそれ以上説明しない。ただ黙って座っている。
その沈黙を破ったのは、沙希だった。
彼女は少しだけ身を乗り出し、凪の頭に軽く手を置いた。触れるというより、試すような動きだった。
凪は動かなかった。
それを見て、隣の女が声を上げる。
「ちょっと待って」
笑いながら言う。
「これさ」
沙希を見る。
「犬じゃん」
その言葉に、また笑いが広がる。
誰も否定しない。むしろ、そう言われたことで、今目の前にある状況が急に分かりやすくなったみたいだった。
沙希も笑った。
「でしょ」
それだけ言って、凪の頭から手を離す。
女の一人がスマホを取り出す。画面をこちらに向け、軽くカメラを構える。
「ねえ」
沙希に言う。
「これ撮っていい?」
沙希は一度だけ凪を見る。床に座ったまま、視線を落としている。
少しだけ考えてから、肩をすくめた。
「別にいいんじゃない」
スマホのカメラが、凪の方を向く。
「ねえ」
女が言う。
「さっきのもう一回言って」
凪が顔を上げる。
「蒼が嫌がるから」
その言葉を聞いた瞬間、女たちはまた笑った。
カメラは、その間ずっと回り続けていた。