テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
399
565
さつまいも

その人物は、ニュースの中にいた。
朝の情報番組。
経済欄の特集。
画面の端に、肩書きと名前が表示される。
――改革を進めた実務家。
――堅実な経営判断。
――クリーンな実績。
「……いた」
燈が、低く言った。
探していたわけじゃない。
向こうから、当たり前の顔で出てきた。
真琴は、音を消したテレビを見つめる。
穏やかな表情。
余裕のある話し方。
言葉は慎重で、どこにも角がない。
「不正事件の中心人物」
玲が、資料と画面を見比べる。
「今は、社会的には“成功者”」
真琴は、何も言わない。
成功している。
それは事実だ。
不正事件は終わっている。
公式には、彼は関係者ですらない。
「……ここまで来ると」
澪が、静かに言う。
「悪人って言葉が、雑に聞こえるね」
悪意があったかどうか。
それすら、証明できない。
彼は、命令していない。
署名していない。
判断を下してもいない。
「構造を、使っただけ」
真琴が言う。
「正確には――
構造が、彼を通して成立した」
画面の中で、男が微笑む。
「責任は、分散されている」
玲が整理する。
「誰か一人を捕まえても、
全体には届かない」
書類は完璧だ。
判断は合議制。
最終決定は、別の部署。
不正は、成功した。
成功したからこそ、
誰も裁かれなかった。
「連続失踪との接続も」
燈が言う。
「公式には、ゼロだ」
失踪者は、偶然消えた。
黒瀬は、単独犯。
それで話は終わっている。
真琴は、父の手帳のコピーを一枚、机に置いた。
そこには、名前が一つだけ書かれている。
だが、線は引かれていない。
「父は、ここまで来てた」
証拠は揃っていた。
構造も見えていた。
でも――
立件できなかった。
「じゃあさ」
燈が、苛立ちを隠さずに言う。
「どうする?
こいつを“犯人”って呼ぶ?」
真琴は、首を横に振る。
「呼べない」
「守られてるから?」
「違う」
真琴は、はっきり言う。
「呼ぶと、嘘になる」
彼は、殺していない。
拉致もしていない。
直接、何もしていない。
「それでも」
澪が言う。
「この人が一番、
何も失ってない」
その通りだ。
黒瀬は、檻にいる。
父は、死んだ。
久我は、選ばなかったまま生きている。
彼だけが、
何も変わらない場所にいる。
「……腹立つな」
燈が吐き捨てる。
真琴は、画面を消した。
部屋が静かになる。
「ここからは」
真琴は言う。
「捕まえる話じゃない」
全員が、顔を上げる。
「立件できない理由は、もう分かってる」
証拠がないからじゃない。
構造が、そうなっているからだ。
「だから」
真琴は続ける。
「守られてる理由を、一つずつ削る」
名前は出さない。
事件も繋げない。
黒瀬も、使わない。
「……地味だな」
燈が言う。
「地味でいい」
真琴は答える。
「派手にやると、
また“成功した不正”になる」
黒幕は、まだ黒幕じゃない。
ただの成功者だ。
でも。
「この人は」
玲が資料を閉じながら言う。
「切り捨てられない側で、
居続けてるだけ」
「うん」
真琴は頷く。
「だったら――
切り捨てられる側に、移していく」
それは、正義じゃない。
復讐でもない。
ただの、配置換えだ。
机の上に、
黒幕の現在の肩書きが並ぶ。
そのどれもが、
「事件」とは無関係に見える。
だが真琴は、もう迷わない。
「次は」
視線を上げて、言う。
「この人が、失えないものから崩す」
黒瀬が黙った理由を、
無駄にしないために。
父が立てなかった場所に、
今度は、立つために。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!