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その人物は、ニュースの中にいた。
朝の情報番組。
経済欄の特集。
画面の端に、肩書きと名前が表示される。
――改革を進めた実務家。
――堅実な経営判断。
――クリーンな実績。
「……いた」
燈が、低く言った。
探していたわけじゃない。
向こうから、当たり前の顔で出てきた。
真琴は、音を消したテレビを見つめる。
穏やかな表情。
余裕のある話し方。
言葉は慎重で、どこにも角がない。
「不正事件の中心人物」
玲が、資料と画面を見比べる。
「今は、社会的には“成功者”」
真琴は、何も言わない。
成功している。
それは事実だ。
不正事件は終わっている。
公式には、彼は関係者ですらない。
「……ここまで来ると」
澪が、静かに言う。
「悪人って言葉が、雑に聞こえるね」
悪意があったかどうか。
それすら、証明できない。
彼は、命令していない。
署名していない。
判断を下してもいない。
「構造を、使っただけ」
真琴が言う。
「正確には――
構造が、彼を通して成立した」
画面の中で、男が微笑む。
「責任は、分散されている」
玲が整理する。
「誰か一人を捕まえても、
全体には届かない」
書類は完璧だ。
判断は合議制。
最終決定は、別の部署。
不正は、成功した。
成功したからこそ、
誰も裁かれなかった。
「連続失踪との接続も」
燈が言う。
「公式には、ゼロだ」
失踪者は、偶然消えた。
黒瀬は、単独犯。
それで話は終わっている。
真琴は、父の手帳のコピーを一枚、机に置いた。
そこには、名前が一つだけ書かれている。
だが、線は引かれていない。
「父は、ここまで来てた」
証拠は揃っていた。
構造も見えていた。
でも――
立件できなかった。
「じゃあさ」
燈が、苛立ちを隠さずに言う。
「どうする?
こいつを“犯人”って呼ぶ?」
真琴は、首を横に振る。
「呼べない」
「守られてるから?」
「違う」
真琴は、はっきり言う。
「呼ぶと、嘘になる」
彼は、殺していない。
拉致もしていない。
直接、何もしていない。
「それでも」
澪が言う。
「この人が一番、
何も失ってない」
その通りだ。
黒瀬は、檻にいる。
父は、死んだ。
久我は、選ばなかったまま生きている。
彼だけが、
何も変わらない場所にいる。
「……腹立つな」
燈が吐き捨てる。
真琴は、画面を消した。
部屋が静かになる。
「ここからは」
真琴は言う。
「捕まえる話じゃない」
全員が、顔を上げる。
「立件できない理由は、もう分かってる」
証拠がないからじゃない。
構造が、そうなっているからだ。
「だから」
真琴は続ける。
「守られてる理由を、一つずつ削る」
名前は出さない。
事件も繋げない。
黒瀬も、使わない。
「……地味だな」
燈が言う。
「地味でいい」
真琴は答える。
「派手にやると、
また“成功した不正”になる」
黒幕は、まだ黒幕じゃない。
ただの成功者だ。
でも。
「この人は」
玲が資料を閉じながら言う。
「切り捨てられない側で、
居続けてるだけ」
「うん」
真琴は頷く。
「だったら――
切り捨てられる側に、移していく」
それは、正義じゃない。
復讐でもない。
ただの、配置換えだ。
机の上に、
黒幕の現在の肩書きが並ぶ。
そのどれもが、
「事件」とは無関係に見える。
だが真琴は、もう迷わない。
「次は」
視線を上げて、言う。
「この人が、失えないものから崩す」
黒瀬が黙った理由を、
無駄にしないために。
父が立てなかった場所に、
今度は、立つために。