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「失えないもの、ね」
燈が、資料の束を机に落とした。
音は軽い。
だが、部屋の空気は重い。
「名誉、地位、金、人脈……
正直、全部持ってるタイプだろ」
「だから」
真琴は、淡々と言う。
「“全部”は、失わない」
全員が顔を上げる。
「この人は」
真琴は、画面に映した年表を指す。
「全部を失う前に、
一部を切り捨てることで生き残ってきた」
過去の不正事件。
部下。
外注先。
末端の実行者。
すべて、必要なタイミングで切られている。
「つまり」
玲が続ける。
「守ってるのは、“自分”じゃない」
「うん」
真琴は頷く。
「自分が立っている場所」
肩書き。
役割。
信用される位置。
彼は、
“人”としてではなく、
“機能”として生き残っている。
「じゃあさ」
澪が言う。
「その“場所”を壊す?」
「壊さない」
真琴は、即答した。
「壊すと、騒ぎになる」
騒ぎは、守る理由になる。
同情も、擁護も、動く。
「だから」
真琴は続ける。
「ズラす」
静かに、気づかれない程度に。
「配置を?」
「役割を」
玲が、理解したように頷く。
「この人が
“いなくても回る”状態を作る」
真琴は、資料を一枚引き抜く。
内部評価資料。
取締役会の議事録。
後継候補の名前。
「すでに、兆候はある」
業績は安定している。
だが、革新性はない。
「“功労者”でいる時間が、長すぎる」
燈が、鼻で笑った。
「なるほど。
いなくなっても困らない」
「困らない、じゃない」
真琴は訂正する。
「責められない」
ここが重要だ。
排除は、敵を作る。
だが、役割を終えた人間は、静かに外される。
「それって」
澪が、少し間を置いて言う。
「黒幕らしくない終わり方だね」
「そう」
真琴は、目を伏せる。
「だから、選ぶ」
彼は、劇的な破滅を望んでいない。
「失敗した」とも言われない。
「裁かれた」とも言われない。
ただ、名前が出なくなる。
「……残酷だな」
燈が言う。
「でも、現実的」
玲は、そう評価した。
真琴は、別のファイルを開く。
そこには、“別件”の文字。
脱税。
虚偽記載。
内部規定違反。
「立件できるかは、どうでもいい」
真琴は言う。
「調査が入るだけで、役割は終わる」
清廉であることが、彼の“場所”の条件だ。
「汚れた瞬間、置いておけなくなる」
澪が、静かに言う。
「黒幕じゃなくなる、ってことか」
「うん」
真琴は、そこで一度、言葉を切る。
「それで――
事件は、公式には繋がらない」
連続失踪も。
黒瀬も。
父の死も。
全部、別々のままだ。
「それで、いいの?」
燈が聞く。
真琴は、少しだけ考えてから答えた。
「いい」
裁かれない真実は、存在しないのと同じじゃない。
「使われなかった真実は、別の形で効いてくる」
黒幕は、自分が何を失ったのか、理解しない。
それが、彼にとっての罰だ。
机の上に、“次に動く部署”の名前が並ぶ。
真琴は、ペンを置いた。
「次は」
静かに言う。
「久我に会う」
全員が、一瞬だけ黙る。
「選ばなかった人に、今、何を選ぶかを聞く」
それは、黒幕よりも、
ずっと不安定な相手だった。