テラーノベル
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翌日。
教室に入った瞬間、空気が異様だった。
笑い声が小さく弾けて、
誰かがこそこそスマホを向ける。
「お前、見た? 新しい“奴隷動画”」
「昨日のより再生数ヤバい」
「てか……あれマジで本人だよな?」
遥は知らなかった。
寝ている間に、地獄の方が先に朝を迎えていた。
椅子に座った瞬間、背中を叩かれる。
「ほら、これ。
“あんたの”新作」
スマホの画面には──
見覚えのない動画。
いや、少しだけ“心当たり”がある。
倉庫で陰キャに殴られ、
うずくまっていた瞬間。
その一瞬の“苦痛の顔”だけ切り取って、
首輪をつけさせられているように加工されていた。
そこに字幕。
《ご主人様に構ってほしい奴隷》
《痛いの好きなんだってw》
《これガチのやつ?》
遥が喉の奥で声を詰まらせる。
「……ちが、これ……」
否定しても意味ないことは、
もう身に染みて知っている。
だが画面は、遥の否定すら飲み込んでいく。
スクロールするたび、
フェイクと事実が混ざった“遥の生活”が並んでいた。
・女子に囲まれたときの写真(事実)
・美桜に顔を掴まれた瞬間(事実)
・誰かに膝をつかされているように見える加工(フェイク)
・倉庫で倒れている遥に、男の手が触れているように合成された動画(フェイク)
・男子に殴られ、体が揺れた瞬間のスロー動画(事実)
・女子の手を舐めさせられているように加工されたフェイク画像(フェイク)
フェイクはどんどん濃くなる。
事実もどんどん歪む。
その境界線が、
SNSの海の中でぐちゃぐちゃに溶けていく。
コメント欄には、
吐き気がするほどの “欲情” が入り混じる。
《この奴隷かわいいな》
《こういうの興奮するんだけどw》
《どこの学校? 本物見たい》
《跪かされて泣いてるの最高》
《こいつ多分Mだよな》
《調教済みって感じw》
遥は呼吸が浅くなる。
胸の奥で、
何かがドクドクと熱を持って破裂しそうになる。
「やめろ……これ……俺じゃねぇ……」
否定は、
その場で聞き取った誰かに、
ただニヤけた顔を与えるだけだった。
「本物じゃなくてもよくない?」
「似合ってんだから」
「てかもう本物にしか見えないし」
「お前が否定すればするほど、伸びるんだけどw」
美桜が悠々と歩いてきて、
遥の机にスマホを置く。
「ねぇ遥。
フェイクも事実も、もうどっちでもいいんだよ。
“世間がどう見るか”で決まるんだから」
そして、ゆっくりと言う。
「奴隷って、
本人が否定しても奴隷のままなんだよ?」
遥の指先が震えた。
声を出そうとしても、
胸の奥がぎゅっと締め上げられて、
息が押し潰される。
美桜の取り巻きがくすくす笑う。
男子の一人がスマホを向けて言う。
「はい、“否定動画”いただきます」
「この“必死さ”がウケるんだよなぁ」
「ほら泣けよ。泣いたらまた伸びるんだって」
遥は顔を伏せた。
伏せるしかなかった。
逃げても、隠れても、
画面の向こうの世界が勝手に“遥”を量産する。
フェイクも事実も区別されず、
嘲笑も欲望も混ざって、
勝手に“物語”が作られる。
遥はその主人公だ。
ただし──
救いのない地獄の主人公。
スマホの通知は止まらない。
新作の“奴隷画像”が、
今日も、今も、増え続けている。
逃げ場なんて、
最初からどこにもなかった。
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