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麗太
海の紅月くらげさん
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王宮の書庫は、昼でも少し暗い。
高い棚がいくつも並び、古い紙の匂いが静かに漂っている。
窓から差し込む光は細く、埃がその中でゆっくり浮かんでいた。
王太子は長い机の前に立っていた。
机の上には学術院から届いた資料が広げられている。
何枚もの図と観測記録、そして新しい理論の説明。
文字は細かく、読むには集中が必要だった。
彼は最後の紙を読み終えると、椅子に深く座り直した。
「関係の持続、か」
小さく呟く。
そのとき、向かいの椅子に座っていた人物が顔を上げた。
宮廷学官の一人だった。
学術院との連絡役を務めている。
「学術院はかなり確信しているようです」
「そう見える」
王太子は紙を軽く叩いた。
「恋愛だけでは説明できない例が多すぎる」
学官は頷く。
「農村の兄弟の和解、港町の友人の再会、鉱山都市の親子関係」
彼は資料の一部を指す。
「すべて恋愛ではありません」
「だが星は出た」
「はい」
王太子は少し考えた。
「つまり」
彼はゆっくり言う。
「恋だけではない」
「そういうことになります」
学官の声は落ち着いていたが、その意味は大きかった。
王妃制度の前提は、恋愛の特別性にある。
王妃の愛が最も強いからこそ、星が生まれるという理屈だった。
だが星が友情や家族関係でも生まれるなら、その理屈は成立しない。
王太子は窓の外を見た。
昼の空はまだ青い。星は見えないが、夜になれば必ず現れる。
「宮廷はどう反応している」
学官は少し困ったように笑った。
「混乱しています」
「当然だ」
「ただ」
学官は言葉を選ぶ。
「若い学者たちは支持しています」
「なぜ」
「彼らは王妃制度に強い執着がありません」
王太子は少し笑った。
「古い制度は古い人間が守る」
「そういう傾向はあります」
学官は頷く。
「しかし問題は宗教です」
「神殿か」
「はい」
神殿は長い間、星を神の奇跡として説明してきた。
王妃は神に選ばれた存在であり、星はその証だという教えである。
もし星が人間関係から自然に生まれるものなら、その教義は揺らぐ。
王太子は椅子から立ち上がった。
「神殿はすぐに反応するだろうな」
「おそらく」
学官は答えた。
「すでに動き始めている可能性もあります」
王太子は資料をまとめる。
「面白くなってきた」
学官は少し驚いた顔をした。
「面白い、ですか」
「世界が変わるときは面白い」
王太子は窓の外を見ながら言った。
「問題は多いが」
その頃、王都の南区にある小さな家では、別の出来事が起きていた。
古い木の家の中で、二人の若者が向かい合って座っている。
兄と妹だった。
二人は長い間、口をきいていなかった。
些細な喧嘩がきっかけだったが、時間が経つにつれて距離は広がり、互いに謝る機会を失っていた。
だがその夜、妹が口を開いた。
「ごめん」
兄は驚いた顔をした。
「急にどうした」
「ずっと言えなかった」
妹は俯いたまま言う。
「私が悪かった」
兄はしばらく黙っていた。
それから小さく笑う。
「俺もだ」
その言葉で、二人の間に長く続いていた緊張が少し解けた。
窓の外では夜が深くなっている。
空には星がいくつも浮かんでいた。
その中に、新しい光が一つ生まれる。
色のない星。
静かな光だった。
翌朝、その記録が観測塔に届く。
場所は王都南区の住宅街。
報告書には簡単な補足がついていた。
「家族関係の修復の夜に観測」
観測官はその紙を読みながら、しばらく考えていた。
以前なら、この報告は偶然として処理されただろう。
しかし今は違う。
学術院の新理論を知っている。
恋だけではない。
関係が続く場所に、星が生まれる。
観測官は空を見上げた。
昼の空には何も見えない。
それでも夜になればまた星が増えているだろうと、彼は確信していた。