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麗太
海の紅月くらげさん
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王宮の大会議室には、久しぶりに神殿の使者が呼ばれていた。
高い天井の下に長い円卓が置かれ、その周囲に貴族と官僚が並んでいる。
壁には王家の紋章と神殿の象徴が並んで掲げられていた。
二つの権威が同じ空間に置かれるのは珍しいことではないが、今日の空気は明らかに張りつめていた。
議題は一つだった。
星の理論。
そして王妃制度。
神殿の高位司祭が静かに口を開いた。
「まず確認したい」
声は落ち着いている。
「星は神の奇跡です」
貴族たちは黙って聞いている。
「古くからの記録が示している。王妃は神に選ばれ、愛によって星を生む」
彼はゆっくり言葉を続けた。
「それがこの国の秩序です」
財務卿が静かに返す。
「しかし観測記録は別の結果を示しています」
机の上に資料が置かれる。
学術院の新理論だった。
星は恋愛だけでなく、友情や家族関係でも生まれるという報告。
司祭は紙を見てから、ゆっくり首を振った。
「誤解です」
「誤解?」
「星は神の祝福です」
司祭の声は少し強くなる。
「人の関係から自然に生まれるものではない」
学官が言う。
「ですが実際に観測されています」
「それは偶然か、誤った解釈です」
沈黙が落ちる。
王太子は椅子に座ったままそのやり取りを見ていた。
議論は長く続く。
学者たちは記録を提示し、神殿は教義を主張する。
どちらも簡単には譲らない。
だが問題は一つだった。
星は増え続けている。
王宮外でも。
恋愛以外でも。
その事実だけは、誰も否定できなかった。
やがて王太子が口を開く。
「一つ聞く」
全員が彼を見る。
「もし星が神の奇跡なら」
彼は言う。
「なぜ王宮外で増えている」
司祭はすぐ答える。
「神の意思です」
「なるほど」
王太子は頷く。
「ではもう一つ」
彼は続ける。
「なぜ恋人以外でも出る」
司祭は少し黙った。
「神の祝福は多様です」
その答えに、何人かの貴族が視線を交わす。
王太子は小さく笑った。
「便利な説明だ」
司祭の眉がわずかに動く。
「殿下」
「怒るな」
王太子は手を軽く振った。
「責めているわけではない」
彼は窓の外を見た。
昼の空は曇っている。
「ただ」
彼は言う。
「説明が変わっただけだ」
沈黙。
「昔は王妃だけが星を生むと言った。
今は神の祝福だと言う」
王太子はゆっくり振り返る。
「つまり」
彼は言った。
「王妃制度は説明の一つにすぎない」
その言葉は重かった。
会議室の空気が変わる。
王妃制度はこの国の象徴だった。
王妃が星を生むという思想は、王家の権威と結びついている。
それがただの「説明の一つ」になるなら、制度の意味は大きく変わる。
財務卿が静かに言う。
「殿下」
「何だ」
「もしその理論を認めれば」
彼は言葉を選んだ。
「王妃制度は成立しません」
王太子は頷く。
「そうだろうな」
司祭が言う。
「それは国家の秩序を崩す」
「秩序は星ではなく人間で作る」
王太子の声は穏やかだった。
「星がなくても国は存在する」
そのとき、観測官が会議室に入ってきた。息を切らしている。
「失礼します」
彼は紙を差し出す。
「緊急の観測報告です」
王太子が受け取る。
紙には短い文章が書かれていた。
新しい星の観測。
場所は王都中央。
王宮ではない。
そして恋人関係でもない。
老夫婦の家だった。
二人は五十年以上連れ添っているという。
王太子はその紙を見て、静かに机に置いた。
「これで分かるだろう」
彼は言う。
「星は王宮のものではない」
沈黙が続く。
王妃制度はまだ正式には廃止されていない。
だがその日、会議室にいた多くの人間は理解していた。
制度はすでに崩れ始めている。
星が増えるたびに。
その夜、王宮の空にもまた新しい無色星が現れた。
色はない。
だが静かに、確かに光っていた。