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薄暗い部屋に、じりじりと熱を含んだ沈黙が垂れ込めていた。窓は閉ざされ、カーテンも締め切られ、唯一の光源は天井の裸電球一つ。視界の端で、その灯りがぐらぐらと揺れているように見えた。
悠翔のシャツは首元から引き裂かれ、脇腹にかけて裂け目が走っていた。
その布地に、誰かの手が触れ、指先が沈むたび、微かな震えが全身を走る。
「声、出すなって言ったよな?」
蒼翔の手が、悠翔の顎を強引に掴む。
反射的に顔を背けようとすると、もう一方の手で頭を押さえつけられ、頬を床にねじ込まれた。
鉄の匂いがした。舌の端を噛んでいた。気づかぬうちに、出血していたらしい。
「わかってるよな、これお前の“罰”だから」
陽翔の声は、酷く穏やかだった。
悠翔の背中に手を置き、そっと撫でるようにしてから、耳元に口を寄せる。
「昼間、俺らの許可なく保健室に逃げたでしょ?」
──違う、そんなつもりじゃなかった。
そう言いたいのに、喉が詰まって、音が出なかった。
出せたとしても、それは許される返答ではない。
「……勝手に逃げたくせに、バレなきゃいいと思ったの?」
蓮翔が言葉を重ねた。
指先にはカメラが握られている。彼だけは、終始冷静なまま記録を続けていた。
表情一つ変えず、淡々と、罪を並べるように。
「記録するのは当然でしょ。お前、また『やられてる自分』で同情引こうとするかもしれないし。
ほら、その顔……泣いてないのに泣きそうなフリしてるよ。ずるいね」
「……っ」
悠翔は、反論できなかった。
できるわけがない。何を言ったところで、全てが「言い訳」として握り潰されることを、骨の髄まで知っている。
蒼翔が、悠翔の足を蹴った。バランスを崩した身体が傾き、床に左肩から崩れ落ちる。
その拍子に、かろうじて引っかかっていた布がずれ、肩から鎖骨にかけて晒された。
そこに、無数の痣が浮かんでいた。
「……今日の客にも見せたろ、ここ」
陽翔が、傷跡に指を這わせる。
悠翔の全身が跳ねた。瞬間、喉奥からこみ上げる吐き気に顔を歪め、唇を塞ぐ。
「……っ、ぅ、……やだ……っ……」
「やだ? なんで?」
耳元に囁く声は優しかった。
けれど、悠翔にはそれが、刃よりも冷たく感じられた。
「言ってみなよ。“やだ”の理由」
陽翔が頬に触れる。その手は温かい。だが、だからこそ恐ろしかった。
「ほら、言えないの? じゃあ俺が代わりに言ってあげるよ。
“また映されるのが嫌です”“客じゃなくて兄にされるのは気持ち悪いです”“気持ちよくなってしまいそうで怖いです”。……違う?」
「──違っ……、違う、よ……」
震える声。呟きのような否定。
けれど、それはただの言葉で、意味を持たなかった。
蓮翔が冷たく笑った。
「そもそも、客の前では笑ってるくせに。
兄にだけ拒むとか、そういうとこ、甘えてんじゃないの?」
蒼翔がうんざりしたように呟いた。
「もう黙らせていい? 聞いてるとムカつくんだけど」
数秒後、悠翔の頭が床に叩きつけられた。
鈍い音。視界がぐらりと揺れ、耳鳴りが追いかける。
蒼翔が膝で押さえつけながら、悠翔の背中に乱暴に手を入れる。
逃げようとしても、身体は動かない。力が入らない。吐き気だけが増していく。
「……ぁ……や……め、……っ」
掠れた声が漏れた瞬間、陽翔がゆっくりとしゃがみ込み、笑った。
「ごめんね。やだって言わせたの、俺だから」
その声が、最も酷かった。
──どれくらい時間が経ったのか、もうわからない。
三人が部屋を出たあと、悠翔は床にうずくまり、肩を震わせていた。
口を押さえ、吐き出せなかったものを、喉の奥で転がすようにして堪えている。
涙は出ない。ただ、嗚咽と、震えと、皮膚にこびりついた感覚が、全てを押し潰していた。
服は半ば脱がされ、首筋には噛まれた痕が赤黒く残っている。
右手は無意識に床を掴み、指先が爪を立てていた。
「……っ……や、だ……、やだ……っ……」
絞るような声。自分に向けた拒絶。
そのときだった。
──ドアの向こう、気配が一つ。ノックの音は、まだ鳴らない。