テラーノベル
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食卓に戻った瞬間、室内の空気が変わった。
いとこたちが、わざとらしく眉をひそめて声を上げた。
「うわ、ほんとに泥ついてるじゃん」
「ねえ、これさ……もしかして“祠で何かしてた”とかじゃないよね?」
“何かしてた”が、曖昧で最悪な想像だけを誘う言い方だった。
大人たちはすぐに反応する。
「はぁ? あそこ行くなって言ったでしょう」
「こんな格好で戻ってくるなんて……恥を知らないの?」
「人前に出るなら最低限、身なりを整えなさい」
沙耶香が、鼻で笑いながら呟く。
「身なり整える気がある子なら……泥、付けたまま戻らないよねぇ?」
晃司が面倒くさそうに椅子を引き、肘をつく。
「……洗ってくりゃよかっただろ。頭回んねぇのか?」
遥は喉が詰まる。
(洗ったら……勝手なことしたってもっと怒られるだろ……
それも、どうせ信じてもらえない……)
怜央菜が冷ややかに続ける。
「“洗う”なんて発想、ないんじゃないの? そういう子でしょ」
“知ってるくせに利用する声”だった。
颯馬は、食器をいじりながら小さく笑う。
「てか、洗ったら“隠そうとした”とか言われて終わりだし。
だからそのまま来たんじゃね? ずっとそうだし」
その言葉は、遥を擁護していない。
“遥がどう動いても悪く見えるのを理解して楽しむ”声だった。
いとこたちは、もうひとつ嘘を重ねた。
「そうそう、さっきさ。祠で声したよ? 誰か泣いてたみたいな」
「たぶん、遥が“勝手に転んだ”とかじゃない? 服も自分で埋めたって言ってたし」
「私たち、止めたのにねぇ」
大人たちの視線が一斉に突き刺さる。
「もういい。遥、そこに跪きなさい」
「人の話を聞けない子には、正しい姿勢を教えないと」
叔父が指で床を示した。
畳の真ん中。全員から丸見えの場所。
「正座じゃない。もっと下だ」
遥の膝が震える。
沙耶香が椅子を軽く蹴ってスペースをつくった。
「ほら。土下座くらいできるでしょ? 悪いことしたんだから」
いとこが囁く。
「ねえ、“どうして洗わなかったの?”って聞かれたら答えなよ。
“自分が悪いからです”ってさ」
晃司が言う。
「ほら、聞かれてんぞ。答えろ」
大人の視線が一点に集中し、逃げ道はなかった。
遥は、ゆっくりと額を畳につけた。
泥が腕から滴り落ちる。背中の冷気が刺す。
(洗ったら怒られる。洗わなくても怒られる。
どうしたって……こうなるようにできてる)
その思考だけが、土の匂いの中で静かに沈んでいった。
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