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えむ
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放課後の特別棟は、授業が終わると急速に音を失う。
その静けさが、今日だけはやけに不気味だった。
遥はドアを開ける前から、教室の奥に待っている「空気」の形を感じ取っていた。
扉を閉めた瞬間——
四、五人の上級生と、同級生数名がこちらを振り返った。
その中心にいるのは、学校側のいじめを仕切る男・高科。
「遅かったな、“奴隷”。ほら、入れよ」
その呼称だけで、胃が締めつけられる。
遥は小さく息を吸い、教室に足を踏み入れる。
即座に後ろで鍵が掛かった。
「今日は“本格化”だからな。練習じゃない」
高科は、折り畳まれた革ベルトを手の甲に叩きながら歩み寄った。
授業中とは別の顔。遊びでも指導でもない、暴力の準備をする顔。
隣では、同級の篠崎がスマホの角度を確かめている。
「昨日の“試し撮り”じゃ、映りが弱かったんだよ。
本番はもっと“躾”を見せないと、値がつかない」
「……値……?」
反射的に声が漏れた。
その一言だけで、高科が笑う。
「入札式。
お前の“扱い方”を動画で売る日だよ」
教室の中央に置かれていたのは、金属パイプで組まれた簡易の檻。
高くもなく、広くもない。
四つんばいでしか入れない狭さ。
高科が顎をしゃくった。
「昨日より深く入れ。
今から撮るのは“従う奴隷の基本姿勢”だ」
教室が静まり返る。
遥の心臓だけが喧しく鳴る。
「……はい」
声に力がなかった。
それだけで、高科の眉がわずかに動く。
「語尾。弱い。
命令を理解した奴の声を出せ」
篠崎がスマホを構える。
「はい、……入ります」
膝と手を床に落として、金属の枠へ身体を沈める。
鉄の匂いが鼻を刺した。
背中は丸まり、うなじが晒される。
扉が閉まると、視界が格段に狭まる。
「よし。まずは声の調整からだ」
高科が檻越しにベルトを振った。
革が空気を裂く高い音だけで、身体が跳ねる。
「今の気分を言え。短く」
「……こわい……です」
「違う。“当然の位置に戻された奴”の声で言え」
篠崎が画面を寄せる。
遥は震えた息を吸い、もう一度口を開いた。
「……怖い、です……
……言われた通りに……します……」
「そうだよ。それ」
高科が軽く檻を蹴った。
鉄の音が身体の芯にまで響く。
「じゃあ今日のメイン、“従わせテスト”いくぞ。
入札式で使うセリフも混ぜる」
別の上級生が笑いながら言った。
「こいつ、最低額いくらだよ?」
「壊れやすいし、三桁からでいいんじゃね?」
「いや、反応は良いから上乗せありかもな」
声が頭上で飛び交う。
遥は檻の中で小さく震えた。
「ほら遥。
『……好きにしてください』って言え」
喉が引きつった。
「……すきに……してください……」
次の瞬間、ベルトの一撃が檻の隙間から背に落ちた。
鋭い痛みが走る。
「語尾。弱い。“理解してる奴隷”の声じゃねえ」
高科の声は低く、遠慮がない。
「……好きに、してください……
……俺は……逆らいません……」
言った自分を、どこか遠くで見下ろしているようだった。
「撮れ高、最高だな」
篠崎が笑う。
「じゃ、次の“本番用”いくぞ。
檻の中から、こっち見上げろ。
“命令を待ってる目”をしろ」
扉が開かれる。
遥は震える膝を支えながら、四つんばいのまま這い出た。
「立てよ。
従うなら、動きも制御しろ」
足が痺れて言うことを聞かない。
必死で床を押し、立ち上がる。
その一連の動作が、もう自分の意思より先に“命令の影”を探していることを、遥自身が痛いほど理解していた。
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