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放課後の校舎は、昼よりも正直だった。
音が少ない分、考え事だけがやけに大きくなる。
相談室代わりの机に来た生徒は、椅子に座るなり、カバンを抱え直した。
落ち着かない手つきで、ファスナーを少しだけ開けて、また閉める。
「……自分の話、してるはずなんですけど」
遥は視線を上げず、続きを待つ。
「してるのに、現実の話じゃないみたいで」
言葉を選ぶ時間が長い。
でも、途中で投げ出さない。
「友だちに話しても、
“そうなんだ”で終わるし。
先生に言っても、
“よくあること”って言われる」
生徒は、少し笑った。
「たぶん、ちゃんと説明できてないんだと思います。
でも……説明しようとすると、
どこからが大事なのか分からなくなって」
遥は、机の端に置かれた影を見る。
「現実感がない、ってのは」
遥はゆっくり言った。
「“嘘っぽい”ってことじゃない」
生徒は顔を上げる。
「じゃあ、何ですか」
「手応えがない」
短い言葉だった。
「起きたはずなのに、
終わった感じがしない。
今も続いてる気がする」
生徒の目が、わずかに揺れる。
「……はい」
遥は続ける。
「それ、頭じゃなくて体の話だ」
生徒は、驚いたように瞬きをした。
「体?」
「説明できる前に、もう構えてる」
遥の声は低い。
「次に来るかもしれない、って。
何も起きてない日でも」
生徒は、無意識に肩をすくめた。
「……何もされてない日の方が、
逆に緊張します」
遥は頷く。
「終わったって、体が信じてない」
沈黙が落ちる。
外から、ボールの弾む音が一度だけ聞こえた。
「じゃあ……」
生徒は小さく息を吸う。
「どうしたらいいんですか。
ちゃんと“終わった”って思えるようになるには」
遥はすぐに答えない。
「無理に整理しなくていい」
少し間を置いてから言った。
「意味づけもしなくていい。
強くなった、とか。
成長した、とか」
生徒は、ほっとしたような顔をした。
「言われます、それ」
「言いやすいからな」
遥は淡々と。
「でも、現実感が戻るのって」
遥は、生徒の方を見た。
「“今の自分”に戻ってきた時だ」
「今の……」
「今、ここで、
何が嫌か。
何が苦手か。
何を避けてるか」
生徒は考える。
「……人に説明すること、です」
「いい」
遥は短く言う。
「それが分かってるなら、
今日はそれ以上、
無理に話さなくていい」
生徒は、少し戸惑った。
「でも、話しに来たのに」
「“話さない選択”も、今の現実だ」
遥はそう言った。
「ちゃんと生きてる時ほど、言葉は遅れる」
生徒の手が、カバンから離れる。
「……私、ちゃんと感じていいんですね」
「感じてるから、ここに来てる」
遥の声は、静かだった。
立ち上がる気配がする。
生徒は深く礼をすることもなく、
ただ一度、頭を下げた。
扉が閉まる。
遥は、空いた椅子を見つめる。
「……現実感がないのは、逃げてる証拠じゃない」
誰に向けるでもなく、そう呟いた。
「追いつこうとしてる途中だ」
外はもう暗い。
それでも、相談室の灯りは消えない。
次の足音が、廊下に近づいていた。