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麗太
海の紅月くらげさん
王都の学術院は、王宮から少し離れた場所に建っている。
石造りの建物は古く、壁には長い年月の痕が残っていた。
貴族の屋敷ほど豪華ではないが、内部には膨大な記録と書物が積み重なっている。
星の観測記録も、その多くがここに保管されていた。
大きな机の周りに、数人の学者が集まっていた。
机の上には紙が広がっている。
観測塔から送られてきた報告書。
王宮のものだけではない。
農村、港町、鉱山都市など、各地からの記録がまとめられていた。
若い研究者が紙をめくりながら言う。
「やはり同じ傾向です」
年配の学者が眼鏡の奥で目を細める。
「どの傾向だ」
「星の発生条件です」
若い研究者は一枚の図を机の中央に置いた。
そこには無数の点と線が描かれている。
人間関係の記録と星の発生時刻を重ねた図だった。
「これまでの理論では、星は“愛の強さ”で生まれるとされていました」
その言葉に、数人の学者が頷く。
王妃制度の基礎となっている理論だ。
王妃の愛が強ければ強いほど星が生まれ、その光が国を祝福するという考え方である。
若い研究者は首を振った。
「しかし、この記録では説明できません」
別の学者が紙を覗き込む。
「無色星のことか」
「それもあります」
若い研究者は別の資料を広げた。
「ですが、もっと大きな問題があります」
彼は指で線をなぞる。
「星は恋人関係だけで生まれているわけではありません」
部屋の空気が少し変わる。
「どういう意味だ」
「この農村の記録です」
紙には簡単な報告が書かれている。
無色星が観測された夜の出来事が記録されていた。
「この家では、長年疎遠だった兄弟が和解しています」
学者たちが黙って読む。
「そしてその夜、家の上空に無色星が現れた」
別の紙を出す。
「こちらは港町の記録です。船乗りと古い友人が再会した夜に星が出ている」
さらに別の記録。
「これは鉱山都市です。父親と息子の関係が修復された夜」
年配の学者が腕を組んだ。
「恋愛ではない」
「はい」
若い研究者は頷く。
「友情。
家族。
長く続いた関係」
彼はゆっくり言う。
「共通しているのは“強い感情”ではありません」
紙の図を指す。
「共通しているのは“続いている関係”です」
沈黙が落ちた。
その言葉は、これまでの理論を根本から揺らすものだった。
年配の学者が低く言う。
「つまり
星は愛の強さで生まれるのではない」
「はい」
若い研究者は頷いた。
「関係の持続です」
机の上の図には、長い線がいくつも描かれている。
人と人の関係が長い時間をかけて続いている場所に、星の印がついていた。
「恋人関係はその一例にすぎません」
若い研究者は言う。
「恋は強い感情を伴うので、星が生まれやすい。
ですが本質ではない」
年配の学者が静かに言った。
「関係そのもの」
「そうです」
若い研究者は深く息を吐いた。
「そして無色星は、おそらくこの理論の核心です」
全員が彼を見る。
「なぜ無色なのか」
「それは特定の感情の色を持たないからです」
彼は言う。
「恋愛でもない。
嫉妬でもない。
情熱でもない」
ただ関係が続いている。
それだけ。
だから色がない。
そのとき、扉がノックされた。
王宮の使者だった。
「王太子殿下からです」
封書が机の上に置かれる。
年配の学者がそれを開いた。
短い文章だった。
観測記録の共有と、新しい研究結果の報告を求める内容である。
若い研究者は少し笑った。
「ちょうどいい」
「何がだ」
「この理論を王宮に送ります」
彼は机の上の図をまとめた。
「星は愛の強さではなく、関係の持続で生まれる」
その言葉は静かだった。
だが意味は大きい。
もしそれが正しいなら、王妃制度の前提は崩れる。
王妃だけが星を生むという考えは成立しない。
星は王宮だけのものではない。
人間が関係を持つ場所なら、どこでも生まれる。
同じ頃、王宮では夜の観測が行われていた。
観測官が空を見上げる。
星の数は明らかに増えていた。
金色、青、赤、そして無色。
その中で、観測官は一つの報告を書き留める。
新しい無色星。
場所は王都。
だが王宮ではない。
学術院の上空だった。