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放課後、教室にはまだ熱が残っていた。
昼のざわつきが抜けきらないまま、空気だけが静かになっている。
机を挟んで座る生徒は、さっきまで何かを我慢していたみたいに、少し遅れて息を吐いた。
姿勢は崩れていないのに、力の抜き方が分からない感じが残っている。
「……普通にやってたんです」
前置きみたいに言う。
「授業も、部活も」
少し間が空く。
「友だちとも話してて、別に嫌なこともなくて」
そこで言葉が止まる。
視線は机の一点に落ちたまま動かない。
「でも、急に」
声が少しだけ低くなる。
「全部どうでもよくなる時があるんです」
廊下の奥で、誰かの声がして、すぐに消えた。
教室の中は、その残りだけが薄く漂っている。
遥はすぐには何も言わない。
「さっきまで普通だったのに」
続ける。
「帰り道とか、ふとした瞬間に」
一拍。
「なんかもういいやってなる」
指先が、机の縁をゆっくりなぞる。
「全部投げたくなるっていうか」
少し笑うが、うまく形にならない。
「頑張ってたのも、どうでもよくなる」
遥は、その言葉のあとでようやく口を開く。
「落差があるな」
短く言う。
生徒は小さく頷いた。
「あります。
急に切り替わる感じで
スイッチみたいに」
そこでまた少し黙る。
「そのあと」
視線を上げないまま言う。
「自分で引くんです。
さっきまで普通だったのに、なんでって」
遥は机の上に指を置いたまま、少しだけ間を取る。
「普通にやってる時」
静かに言う。
「無理してないか」
生徒はすぐには答えない。
考えるというより、探している間の沈黙。
「……してるかもしれないです」
やがて小さく言う。
「無理してる自覚はないけど」
一拍。
「ずっと気張ってる感じはある」
遥は軽く息を吐いた。
「それが溜まる」
生徒は顔を少しだけ上げる。
「溜まる?」
「外に出てない分が」
机を軽く叩く。
「まとめて落ちる」
教室はまた静かになる。
生徒はその言葉をゆっくり飲み込む。
「……じゃあ」
少し迷う。
「どうすればいいんですか」
遥はすぐには答えない。
窓の外に一瞬だけ目を向けて、また机に戻す。
「分けろ」
短く言う。
「何を」
「落ちる前に」
一拍。
「少し落とせ」
生徒は意味を測るみたいに黙る。
「小さい“どうでもいい”を作れ」
遥は続ける。
「全部じゃなくていい」
机の木目を指でなぞる。
「一個でいい」
「……例えば」
「どうでもいい授業の受け方でもいいし」
一拍。
「帰りに遠回りしてもいい」
「ちゃんとしない時間を」
少しだけ間を置く。
「意図的に作れ」
生徒はゆっくり息を吐いた。
「……全部ちゃんとやろうとしてたかもしれないです」
遥は否定しない。
「全部に意味を持たせると」
短く言う。
「逃げ場がなくなる」
教室の空気が少しだけ動く。
生徒はしばらく何も言わなかった。
考えているというより、どこかで納得している沈黙。
やがて立ち上がる。
椅子の脚が床を軽く擦る音がした。
扉の前で止まる。
振り返るまではしない。
「……急にどうでもよくなるの」
小さく言う。
「おかしいわけじゃないですか」
遥は答える。
「普通だ」
間を置かずに。
「ただ」
少しだけ遅れて続ける。
「溜めすぎてるだけだ」
生徒は何も言わず、扉を開けた。
廊下の音が一瞬だけ流れ込んで、すぐに閉じる。
教室にはまた静けさが戻る。
何もかもどうでもよくなる瞬間は、
突然来るように見えて、
たいていは静かに積み重なっている。