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昼休み、教室の後ろ。
机を寄せた四角の中に、遥は立たされていた。
逃げ道がないよう、囲む女子たちの足が無造作に近づく。
「じゃ、始めよっか。“感情スイッチ講座”。今日モデルの遥くんです」
ふざけ半分の声なのに、視線だけが鋭かった。
彼女たちはスマホを構え、録画の赤い点灯を確認する。
「まず、笑顔。ほら、彼氏役なんだから、ちゃんと笑って?」
遥は喉をつめたまま、口角だけを上げる。
だが、それは数秒で否定された。
「違う。なんか作り物って感じ。気持ち悪い」
「ねー、こういうの“愛想笑い下手男子”ってタグつけられちゃうよ?」
笑いながら、言葉は刺しにくる。
遥のまぶたが微かに震え、視線が床へ逃げた。
「やり直し。彼女の顔を見るみたいに、柔らかく。ほら、“3、2、1”」
「……っ、これ、で……」
「声入ってない。笑うだけじゃなくて、“一緒にいたい”みたいな感じで言って?」
逃げられない。
遥は息を整え、しぼり出す。
「……お前、と……一緒に……」
「はいダメ〜! 想像よりずっと重い。怖い。ぜんっぜん彼氏じゃない」
女子たちは軽くどよめいた。
笑いと侮蔑の境界が溶けている。
「じゃあ次。怯え顔。こっちは得意でしょ?」
「……や、っ……」
「声かわいくなってる。ほら、顔上げて」
顎先が指先で押し上げられる。
遥の瞳が揺れるのを、女子たちはまじまじと観察する。
「うん、それそれ。怖がってるとこが一番“映える”」
「動画だとここ切り抜けば伸びるね」
「“感情プリセット:怯え”って書いとこ」
また笑い声。
遥は呼吸だけで必死に立っている。
「じゃ、謝罪顔いこっか。なんか悪いことした設定で」
「……な、何も……してない……」
「設定でって言ってんじゃん。空気読んで?」
「ほら、膝曲げて頭下げて。“ごめんなさい、ぼくが悪かったです”って」
遥の肩が硬くこわばったまま、ゆっくり頭が落ちていく。
「……ごめん、……俺が……悪かった……」
「声、弱っ。もっと“許されたい”感じで」
「……ごめんなさい……。俺……悪い、から……」
女子の一人が小声で笑い、スマホに向かって囁いた。
「はい、“謝罪モードの使い方”ね。かんたんで便利〜」
遥は息の音さえ制御されているようだった。
何をしても評価、何をしなくても評価。
どの反応も“商品としての出来”に変換される。
「次、無表情。これが地味に難しいんだよね。感情全部殺して?」
命令と同時に、教室の空気がみるみる冷えていく。
遥はまぶたを下げ、顔の筋肉を止めようとするが――
「ほら、眉動いてる。集中して」
「……む、り……」
「できるって。男子ならもっと強くコントロールしてよ。女子の方が表情の切り替え得意なんだから」
言いながらスマホが近づく。
レンズが遥の頬に触れそうな距離。
「ねえ、“従順スイッチ”も試さない?」
「あ、それ楽しそう。“はい、なんでもします”って言わせよう」
「遥、はい?」
遥は喉を掠らせた。
「……は……い……」
「まだ弱い。“命令されたらすぐ従う男子”って感じにしよ?」
彼の背筋が震える。
やりなおしは許されない。
拒絶も許されない。
「……はい……なんでも……します……」
「お、いいじゃん。使える」
女子たちの声が、残酷なほど楽しげに混ざる。
𝐚𝐨𝐢