テラーノベル
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まぶたの裏が痛む。
気付けば、遥は廊下の隅で眠ったまま朝を迎えていた。
眠れたというより、意識が途切れただけだ。
立ち上がると、身体の節々が軋んだ。
タオルは夜中じゅう握りしめていたせいで、指が固まったように動きづらい。
(……朝、か)
(どうすんだよこれ)
服はない。
物置の鍵は奪われたまま。
裸で朝食に出るわけにはいかない……と思っても、
(……でも、出ないほうがもっとヤバい)
ここは親戚の家。
呼ばれれば行かないという選択肢がない。
行かなければ“大人たち”が探しに来る。
そのほうが最悪だ。
遥は喉をさすり、息を整える。
声が……出ない。
昨日の叫びと水風呂で喉が壊れたらしい。
(……行くしか、ねぇ)
タオルをぎゅっと結び直し、覚悟を決めて歩き出した。
居間の襖を開けた瞬間、
湯気と食器の音、そして──ひとつの空気が止まった。
「……あら、遥? その格好……」
最初に反応したのは大人の女性。
わざとらしい驚きの声。
だがその目は、完全に“分かってて聞いてる”色だった。
(知ってんだろ……見りゃわかんだろ……)
男子たちが、すかさず笑いを堪えてうつむく。
女子たちは口元を押さえて視線をそらすふり。
兄弟たちは、堂々と遥を見た。
上から下まで、ゆっくりとなぞるように。
その視線だけで、肌が焼けるように痛い。
母親が言う。
「どうしたの? まさか、また“自己管理ができなかった”の?」
(……また、って何。俺のせいかよ)
喉が動く。言い返したいのに、声が擦れて出ない。
大人の男が笑いながら茶碗を置いた。
「ま、いいじゃないか。若いんだ、風呂上がりで寝ぼけたんだろう?」
「そうだぞ、裸で寝てたんじゃないのか? はは!」
笑い声に、子どもたち(いとこ全員)が乗る。
「だって服ないんだもんねー?」
「物置に置きっぱなしの人が悪いよな?」
「鍵? 持ってないのが悪いんじゃね?」
遥は拳を握る。
だが、あえて遠くの大人が言う。
「昨日の夜、何してたの? え? 言えないの?」
わざと“答えられない”のを待つ沈黙。
遥が何も言えずにいると、
「また黙ってる」
「だんまりはダメでしょ」
「反省してるなら言いなさい」
“大人の声”が畳みかける。
その裏で、いとこたちの肩が震えている。
笑いを堪えているのがわかる。
兄弟が口を開いた。
「昨日の質問、終わってないよね、遥」
「なぁ、続き……今ここで言えよ」
「“自分が悪かったところ”言ってみろ」
親戚の視線が一斉に遥へと注がれる。
逃げ場など最初から存在しない。
(……なんで俺だけ……なんで……)
喉が震える。
声を出そうとする。
「あ……っ……」
声にならなかった。
空気がわずかにざわつく。
大人のひとりが眉をひそめ、ため息をつく。
「やれやれ……ほんと手がかかる子ね」
別の大人は苦笑しながら、さらに追い打ち。
「着替えもできないのか。高校生にもなって」
(違う……俺のせいじゃねぇ……)
言い返せない。
言い返したところで、もっと地獄が続くだけだ。
兄弟が“勝者の笑み”を浮かべて、
「ほら、言えよ遥。“俺が悪かった”って」
「言えたら……あとで服、返してやる」
いとこが横から囁く。
「どうせ返さないけどな」
遥の指が震えた。
唇も、呼吸も、自分の意思で動かない。
(何にも……守れねぇ……)
(昨日より、もっと……人間じゃねぇ扱いじゃん)
兄弟がつまらなそうに言う。
「……使えねぇな」
そのひと言で、食卓が再び笑いで満ちた。
遥は、その場に立っていることだけを必死に維持しながら、
ただ、すべてを耐えるしかなかった。
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