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朝。
「おはよ」
澪継は言う。
「おはよー」
春真が返す。
「……昨日の、さ」
少しだけ間を置いて、続ける。
「何」
「……断るって」
言葉を探さない。
そのまま出す。
「……あー」
春真が少し考える。
「普通に“やめとく”って言えばよくね?」
軽い。
簡単に言う。
「……それで終わる?」
「終わるだろ」
迷いのない答え。
「……そっか」
短く返す。
否定もしない。
納得もしない。
ただ――覚える。
教室。
「……おはよ、坂本」
「ああ」
返ってくる。
「……昨日のやつ」
ノートを指す。
「ここ、こうでいい?」
「あー、それで合ってる」
「……ありがと」
短い。
でも、自然だ。
三時間目後。
「なあ」
いつもの三人。
「昼な」
「……うん」
頷く。
そのあと。
少しだけ間。
「……今日、少しだけ遅れていい?」
言う。
初めて、“ズラす”。
「は?」
「……用事」
短く言う。
理由は、作る。
本当でも、嘘でもない形で。
「何の」
「……先生」
曖昧にする。
具体にしない。
「……」
一人が顔をしかめる。
「すぐ来いよ」
完全な拒否はされない。
でも、許可でもない。
「……うん」
頷く。
ここで止める。
これ以上は押さない。
昼休み。
机が動く音。
空間ができる気配。
「……」
澪継は、席に座ったまま。
立たない。
呼ばれるまで。
「おい」
声が飛ぶ。
「来いよ」
「……今行く」
返す。
でも、動かない。
あと数秒。
それだけでいい。
「何やってんだよ」
苛立ちが混ざる。
「……」
立つ。
歩く。
遅れて、入る。
「遅え」
「……ごめん」
反射。
でも、そのあと。
「……ちょっとだけ」
小さく付け足す。
意味はない。
でも、“ただ従うだけ”ではない形。
「は?」
「……なんでもない」
引く。
押しすぎない。
囲まれる。
距離が詰まる。
「今日はな」
「……うん」
返す。
「順番、変える」
「……どこから」
聞く。
いつも通り。
流れは崩さない。
途中。
「次」
自分で言う。
進める。
止めない。
でも――
「……それで、最後?」
入れる。
小さく。
「は?」
「……区切り」
言い換える。
「……」
一瞬、沈黙。
「……あと一個な」
雑な返事。
でも――
通る。
「……わかった」
頷く。
そこまでやる。
それで終わらせる。
自分の中で。
最後。
終わる。
「はい終わり」
空気が解ける。
「今日なんか調子いいじゃん」
「ちゃんとしてる」
笑い声。
その中で――
“少しだけ条件を通した側”になっている。
席に戻る。
座る。
息を整える。
「……」
手を見る。
震えはない。
代わりに、少しだけ熱い。
「なあ」
後ろ。
坂本。
「さっきさ」
「……うん」
「遅れていってたじゃん」
「……」
一瞬、止まる。
「……少しだけ」
そのまま言う。
誤魔化さない。
「なんで」
「……時間、ずらしたかった」
正確に言う。
嘘を乗せない。
「……」
少し沈黙。
「変なやつ」
軽く言われる。
でも、否定ではない。
「……そう」
短く返す。
放課後。
「帰る?」
春真。
「……うん」
並ぶ。
歩く。
「今日どうだった?」
「……少しだけ」
言葉を選ぶ。
「遅れた」
「へえ」
「……それでも、止まらなかった」
事実を並べる。
「……そっか」
少しだけ、反応が違う。
軽さが減る。
「……なあ」
澪継。
「何」
「……“やめとく”って」
朝の続き。
「言えそう?」
「……」
少し考える。
正直に。
「……今日は、無理」
即答。
迷わない。
「でも」
続ける。
「……少しは、ずらせた」
それだけでいい。
今は。
「……まあ、それでもいいんじゃね」
春真が言う。
珍しく、否定しない。
「……うん」
短く返す。
家の前。
「……ありがと」
言う。
「何が」
「……朝の」
「別に」
軽い返事。
でも――
今日のそれは、少しだけ違う。
玄関。
「ただいまー」
「おかえり」
「……ただいま」
返事はない。
いつも通り。
でも――
「……」
澪継は、少しだけ立ち止まる。
今日、自分は
・遅れた
・区切りを入れた
・理由を少しだけ通した
全部、小さい。
でも――
“ただ従う側”から、
ほんの少しだけ、“条件を持つ側”に寄っている。
「……」
部屋に入る。
ドアを閉める。
「……やめとく」
呟く。
まだ、言えない。
でも――
“言葉として持っている”状態にはなった。
それだけで、
次に進む準備には、なっている。