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最初に決めたのは、「やらないこと」だった。
「公表はしない」
真琴が言う。
「記者にも持っていかない。
SNSにも投げない。
正義の顔は、一切しない」
澪が確認する。
「告発もしない?」
「しない。
告発者にもならない」
燈が少し眉を寄せる。
「じゃあ、何をする」
真琴は、机の上に並べた三つのフォルダを指した。
「同時に、別々の場所に、断片を置く」
玲がすぐ理解する。
「揃えないまま、揃ってしまう配置か」
「そう」
真琴は頷く。
「黒瀬の言葉は“引き金”。
父のノートは“経路”。
久我が伏せたのは“接続点”」
澪が静かに言う。
「全部、単体じゃ意味が弱い」
「だから同時」
真琴は端末を開いた。
画面には、複数の下書きメール、共有フォルダ、匿名アカウント。
だが、どれも決定打にはならない。
「これは?」
燈が指したのは、黒瀬の言葉を文字起こししたデータだった。
「全文じゃない」
「全文はいらない」
真琴は淡々と答える。
「“効く文”だけでいい」
そこに書かれているのは、こうだ。
『失踪は、偶然じゃない
不正の後処理として
“消された側”がいる』
名前はない。
日付も、場所も、具体性も薄い。
だが、分かる人間には分かる文だ。
「これをどこに?」
「警察関係者が見て、無視できない場所」
玲が補足する。
「内部掲示板。
OBが見る閉鎖コミュニティ。
監査関係者が巡回してる共有領域」
澪が、父のノートを持ち上げる。
「これは?」
「分割」
真琴は即答した。
「ページごとに切る。
不正事件だけの束。
失踪事件だけの束。
“途中で止めた理由”が分かる部分だけ」
「全部出さない?」
「出さない」
燈が低く言う。
「完成させないって言ったな」
「うん」
真琴は、画面を切り替えた。
次に映ったのは、久我が伏せた“名前の周辺”。
役職。
異動履歴。
同時期に動いた部署。
名前だけ、空白。
「ここが一番危ない」
澪が言う。
「出したら、即潰される」
「だから、匂わせる」
真琴は、文章を一文だけ表示した。
『この部署が動いた理由を
説明できる決裁者は
一人しかいない』
「名前は書かない」
玲が息を吐く。
「内部で“探させる”」
「そう」
真琴は、ゆっくり言った。
「揃えにいく人間が、勝手に揃える」
作業は、静かに進んだ。
投下時刻は揃える。
送り先はバラす。
出所は、すべて違う顔を使う。
だが、内容は一本の線でつながる。
「……これさ」
澪が手を止める。
「怖くない?」
「怖いよ」
真琴は、正直に答えた。
「父と同じ。
黒瀬と同じ。
使われるかもしれない」
燈が言う。
「それでもやる?」
真琴は、はっきり頷いた。
「黙らないって、
叫ぶことじゃなかった」
送信ボタンの上で、指を止める。
「理解したまま、使うことだった」
そして、一斉に。
黒瀬の言葉が置かれ、
父の経路が散らされ、
久我が伏せた構造が、輪郭だけ晒された。
何も、壊れていない。
まだ、誰も捕まっていない。
それでも――
燈の端末が、小さく振動した。
「……来た」
玲も、画面を見る。
「内部、動き始めたね」
真琴は、静かに息を吐いた。
正義でも、復讐でもない。
ただ、
黙らなかった結果が、今、走り出している。