いつもの、ただの教室。 いつもと同じ、三年二組。 黒板の上の時計が、カチ、と鳴った。 二限目の終わり。チャイムの少し前。
佐藤
誰も反応しない。 秒針が、一瞬だけ同じ場所を二度通った気がした。 気のせいだと思い、佐藤は視線を落とす。 その直後、チャイムが鳴った。
高橋
佐藤
高橋
空気が少しだけ重い。 休み時間。 後ろの方から声がする。
田中
伊藤
田中
言葉が続かない。 誰も説明できない違和感だけが残る。 佐藤はふと、教室の後ろを見る。 窓際の席。
そこに──知らない男子が座っていた。
佐藤
誰も振り向かない。 まるで最初からそこにいるみたいに。
三限目。 教師が入ってくる。出席が始まる。
教師
青木
教師
石田
教師
佐藤
教師
高橋
順番に名前が呼ばれていく。 その途中。
ほんの一瞬、間が空いた。
教師
教室のどこかから声が返る。
藤井
佐藤は顔を上げる。 さっきの、知らない男子。
教師
教師
田中
何事もなく続く出席。 誰も気にしていない。
四限目。 授業中。 佐藤はもう一度、後ろを見る。 さっきと同じ席。同じ男子。
でも。 その一つ前の席にも。 もう一人、同じ顔が座っていた。
佐藤
二人とも、同じ顔。同じ無表情。
佐藤
佐藤
佐藤
高橋は、少しだけ考えて。
高橋
高橋
背筋が冷える。
放課後。 教室に残っているのは数人。 佐藤は教師の机に置かれた出席表を見る。 名前が並んでいる。 見慣れた名字。その中に。
藤井
藤井
確かに、二つある。
佐藤
そのとき。背後から声がした。
藤井
振り向く。 二人の藤井が、立っている。
藤井
藤井
カチ、と時計が鳴る。 秒針が、一つ戻る。 佐藤は慌てて出席表をもう一度見る。 名前が変わっている。
佐藤
さっきまであったはずの名前が、一つ消えている。 田中が、ない。代わりに。
藤井
が、増えている。
佐藤
教室を見る。 さっきまでいたはずの田中が、いない。 でも誰も気にしていない。
高橋
高橋の後ろ。 また一人、藤井が増えていた。
佐藤
カチ。
また時計が鳴る。 出席表を見る。 今度は。 伊藤が消えている。 その場所には。
藤井
藤井
藤井
藤井
教室の中。 視界に入る人影が、少しずつ同じ顔になっていく。 佐藤は後ずさる。
佐藤
藤井たちが、ゆっくり近づいてくる。
藤井
カチ。
出席表を落とす。 震える手で拾い上げる。 そこに並んでいるのは。
藤井
藤井
藤井
藤井
そして。 一番下。 空白だったはずの場所に。 ゆっくりと文字が浮かぶ。
藤井
その瞬間。背後から声。
藤井
耳元で。 佐藤は、声を出そうとした。 でも。
教師
教室の誰かが答える。
藤井
少しの沈黙。
藤井
黒板の上の時計が、また一つ戻る。 教室には、同じ顔の生徒たちが座っている。 全員、同じ声で。
藤井
誰一人として。
佐藤という名前を覚えている者はいなかった。






